デンタルX線で語る      

歯周外科手術、HAPの臨床的意義

は じ め に

多くの歯科医院と同様に、当院でも歯周疾患への対処に悪戦苦闘している日々であるが、とくに「ある程度以上骨吸収の進行した歯周疾患部位」への対応は、以前は歯牙を保存 することができないために最終的には抜歯に至り、以後の補綴の問題・口腔全体の環境保持の問題・患者さんの「歯を残してほしい」との希望に応えられない等々で苦慮していた。

そのような部位に積極的に歯周外科手術(Fop)を試みると術後7〜8年またはそれ以上、正常に機能させることが可能である症例を多く経験した。しかし、Fopのみで は、術後経過で、わずかに歯槽骨の吸収を認めると同時に歯肉の二次退縮が認められるようであった。

そこで、近年歯科領域に登場した顆粒状HAP骨補填材をFop時に骨欠損部に補填すると、わずかに骨の増量が認められ、さらに歯肉の二次退縮が認められず予後は一層良好 であった。放置すれば1〜2年で脱落するような症例でも、積極的な歯周外科手術とHAP補填により5〜10年あるいはそれ以上、自分の歯牙を保存し、機能させることが可能であり、口腔全体の機能保持上も重要な意 義があると実感している。

HAP骨補填材が歯科領域に登場以来、現在(1990年)まで当院では約450例を経験し、骨補填材の効果・適応・問題点等々を日々の臨床で考え思考錯誤の結果、上述したHAP の意義を確信するに至った。

そこで、私の経験した症例を供覧することにより、対応に悩む多くの歯科医にHAPの意義を理解頂き、「ある程度以上骨吸収の進行した歯周疾患部位」への対応として、歯周 疾患に対する種々の治療法のなかでも、歯周外科手術とHAP補填が日常臨床で有効な手段として多くの先生方に実践して頂き、多くの歯牙の延命に役立てば幸いと思いこの小冊子を作成した。

したがって、この小冊子は私の経験した症例を主にデンタルX線写真で経過を追う形式とした。そのため、日常の臨床で撮り集めたデンタルX線写真を掲載したため、写真の時 期を一定に揃えることができず、またX線写真として見苦しいものもあると思うが、ご容赦頂きたい。

また、HAPについては新素材特有の問題として補填部位の挙動に不安を持たれている先生も多いと思い、HAP骨補填後経過については出来るだけデンタルX線写真で経過を 追ってみた。

この小冊子が先生方の日常臨床に、そして患者さんの歯牙の延命に役立てば幸甚である。


HAP臨床応用のポイント

供覧したデンタルX線写真でHAP骨補填材の臨床的意義を理解頂けるものと思うが、実際の臨床にHAP骨補填材を応用するにあたって、いくつかのポイントがあるようである。現 在までの経験から気づいた点を以下にまとめてみた。

★ 適応症について

  1. 深いクレーター状骨欠損を有する歯で、周囲の骨ができるだけ多く残存している歯が一般的に良好な予後が望めるようだが、残存する周囲骨のため掻爬が不十分になるとかえって悪い結果を招 く場合もある
  2. 適応部位では、大臼歯部は徹底掻爬が難しいので、6,7番と4.5番を分けて手術を行うとか、6,7番の場合、歯冠を切断し明視し易い状態で手術を行うなど症例によって工夫が必要である。

HAP骨補填材禁忌部位
  • 重篤な歯周疾患で周囲骨との健全な結合が全くない歯および歯根
  • 根管処置が不完全な歯牙

★ 補填手術のポイント

初期治療 徹底したスケーリングにより術部位の歯肉の消炎
支台形成(術走査型電子顕微鏡が容易となり、テンポラリークラウンは暫間固定ともなる)
固定
確実な根管処置
周囲骨との健全な結合の一切ない複根歯は治癒の見込みがないので、あらかじめヘミセクションしておくのも一方法である。
補填手術 切開線 術部位明視しやすく、骨面に達する切開を入れる
粘膜骨膜弁形成
掻爬 不良肉芽掻爬の徹底
ルートプレーニングの徹底
各種鋭ヒ、手用スケーラーやエアタービン等を用いてより確実な掻爬を心掛ける
補填操作 原則は骨縁レベルまで
できるだけしっかり詰める
骨形成が望めるのは、一般に周囲の骨レベルまでのようだが、歯肉の退縮を最小限にとどめる意味で、縫合の妨げとならない範囲で可及的に多く補填した方が良策のようである。
連続気孔を有する多孔質アクトセラムKは、外形が凸凹不整のため、賦形性が良く他のHAP顆粒より補填操作が容易である。この性質により血流にも流されにくいが、血流により補填操作が困難な場合には、下方にガーゼでダムを作り、吸湿を行いながら流出を防ぎ適正な量を補填する。
縫 合 緊密に(歯肉をあまり緊張させると1〜2日で歯肉が切れるので適度に)
術後管理 洗 浄 週に1回程度
ブラッシング
ロ多開 掻爬が完全であれば洗浄のみで創は閉鎖する。
歯肉の退縮がおさまり完全に治癒するのには、2ヵ月以上を要する。その間の歯肉退縮は平均1.5mm程度である。
月1回程度のエアフローまたはスケーリングも大変有効である。
清掃し易い補綴形態を付与するこころがけも術者として必要である。
補綴処置 以上の他に、より確実な根管治療とHAP補填による動揺の著しい改善を期待せずに、確実な固定を考慮した補綴処置が予後を左右する大きな要素であることを補足しておく。

★ HAPの利点

FopにHAP骨補填材を応用する利点
●術後の歯肉退縮の防止 ●骨の確実な増量

●術後の補綴処置が容易 ●歯牙の延命 ●口腔全体の環境向上


 「ある程度以上進行した歯周疾患部位」は、歯周外科処置をしないと骨吸収が進行し数年後には自然脱落が予想される状態になる。そういった部位に、歯周外科手術とともにHAP補填を積極的に行うと骨吸収の進行が防止でき、歯牙の延命効果がある。

※年齢は術時
非外科処置
外科処置(Fop+HAP)
症 例

同一部位で比較
術前数年

歯周疾患 第3段階

術 前
歯周疾患 第4段階
ここ数年における骨吸収の進行から推測して1〜2年後には自然脱落するものと思われる
術直後

Fop+HAP骨補填材を施行し、周囲の骨レベルまでHAPを補填する

術後数年
ある一定量のHAPの残留を認めると同時に基底部付近での骨造成が推測される
症例1

67歳・女性

術前3年
術直前(1985.9)
術直後
術後4年7ヵ月
症例2

72歳・男性

術前4年4ヵ月
術直前(1986.6)
術直後
術後3年4ヵ月
症例3

60歳・女性

術前3年6ヵ月
術直前(1985.7)
術直後
術後3年6ヵ月
症例4

62歳・女性

術前5年4ヵ月
術直前(1987.7)
術直後
術後1年8ヵ月
症例5

43歳・男性

術前5年2ヵ月
術直前(1987.7)
術直後
術後3年
症例6

44歳・男性

術前5年10ヵ月 「345
術直前(1987.4) 「234
術直後
術後3年
症例7

44歳・男性

術前6年3ヵ月
術直前(1987.6)
術直後
術後3年
症例8

38歳・女性

術前4年5ヵ月
術直前(1985.12)
術直後
術後4年3ヵ月
症例9

45歳・女性

術前4年3ヵ月
術直前(1986.8)
術直後
術後4年
症例10

45歳・女性

術前5年8ヵ月
術直前(1987.1)
術直後
術後3年5ヵ月
症例11

41歳・男性

術前2年2ヵ月
術直前(1986.2)
術直後
術後3年8ヵ月


 「ある程度以上進行した歯周疾患部位」は、歯周外科手術だけでも歯牙の延命が図れるが、 若干の骨吸収の進行が認められる。

※年齢は術時
非外科処置
外科処置(Fop:HAP未使用)
症 例

同一症例の異なる部位を比較
初診時

歯周初期治療のみ施行

数年後
数年間で相当量の骨吸収が進行したことがうかがわれる。
Fop術前

術後数年
腫脹することなく臨床上予後良好。周囲歯槽骨に若干の骨吸収を認める。
症例12

44歳・男性

初診時
5年3ヵ月後
術前(1982.5)
術後7年1ヵ月
症例13

40歳・男性

初診時
6年1ヵ月後
術前(1981.7)
術後6年6ヵ月
症例14

52歳・男性

初診時
5年9ヵ月後
術前(1981.5)
術後8年2ヵ月
症例15

44歳・男性

初診時
3年後
術前(1984.5)
術後5年8ヵ月
症例16

38歳・女性

初診時
6年6ヵ月後
術前(1983.1)
術後6年4ヵ月

 歯周外科手術とともにHAP補填を行うと骨の造成をより確実にすることができる。

HAPを補填した部位に新生骨の造成が認められることを確認できるケースは、臨床上非常に 稀である。以下の症例は、偶然、隣在歯にトラブルが生じ、再び開窓する機会を得た貴重な症例 である。新生骨の確認を歓ぶ一方で、失敗の原因を十分に把握しなければならない。

症 例

術 前
術 後
再手術前
再手術中・後
再手術時口腔内
症例17

50歳・女性

術直前(1986.11)

5根尖部に至る骨欠損を認めたため根管処置終了後Fop施行。

術後1週(1986.12)
舌側の骨は正常に残存するものの頬側では近心から遠心にかけて根尖に至る骨欠損を認めた。
術後10ヵ月(1987.9)

5予後良好なるも4の根尖病巣拡大。再手術決定。

再手術後1週(1988.1)

5頬側に健全な新生骨の造成を認める。

再手術中(1988.1)
4根尖部付近に骨欠損を認めると同時に5頬側ではHAPを取り込んだ健全な新生骨の造成を認める。
症例18

57歳・女性

術直前(1986.7)

│457部に骨欠損を認めたためFop施行。

術後1週(1986.7)
│5では全周にわたるクレーター状骨欠損を認めた。│7頬側根では健全な結合が認められなかった。
術後3年4ヵ月(1989.11)

│7頬側より排膿と圧痛を認め再手術決定。

再手術中(1989.11)

│5周囲に健全な新生骨造成を認める。

再手術中(1989.11)
│7頬側根付近ではHAPを含む不良肉芽が存在。│5周囲ではHAPを取り込んだ健全な新生骨の造成を認める。
症例19

59歳・男性

術直前(1986.6)

│45部に垂直性の骨欠損を認めたためFop施行。

術後4週(1986.7)
│4近心頬側部に薄い骨の残存を認めたが口蓋側にかけて根尖に至るクレーター状骨欠損を認めた。
術後1年(1987.7)

│6に骨欠損の進行が認められたので│6部Fopを決定。

再手術中(1987.7)
│4部において骨縁レベル以下に健全な新生骨の造成を認める。骨縁以下のHAPは掻爬により除去される。
再手術後3年(1990.5)

臨床上予後は良好である。


ホームページに戻る。 論文集のメニュー画面