象牙質知覚過敏症にみる歯周病因解明の鍵!?

象牙質知覚過敏症に対する臨床
キーワード:歯周疾患,象牙質,知覚過敏


はじめに

 象牙質知覚過敏症治療の基本は、プラークコントロールであることは周知の事実である。 従って、象牙質知覚過敏症と診断された患者に対して、徹底したスケーリングとブラッシング指導 をまず行うべきである。この時点で多くの症状が消退し、治癒とみなされるケースも多い。

しかし反面、知覚過敏の程度によっては、単にプラークコントロールの妨げとなるだけでなく、 ときに歯周治療の障害となるケースも少なくない。 この様な場合、更に積極的な知覚過敏に対する治療が必要である。

 “知覚過敏”は、医学的には急性炎症が存在する諸所における表面(触覚、痛覚、温覚)ならびに 深部知覚の過敏状態をいう 参考文献 1)。 一般に、“腫れ物に触るような痛み”と言われるように、普段は感じない程度の刺激に対して 過剰に反応する状態で、局所に於ける疼痛閾値の上昇が原因と考えられている。

     一方、歯科領域における“知覚過敏”は、我々臨床医が最も遭遇する機会の多い疾患であり、 広義の意味では来院する患者のほとんどが潜在的に有する症状である。 “知覚過敏”は、歯周疾患進行に伴って発現する象牙質知覚過敏症以外に、カリエス末期や、 レジン充填,窩洞形成後に発現する歯髄の炎症が原因と思われるものや、無髄歯や早期接触歯に 見られる歯肉や歯根膜の炎症が原因と思われるものに分類される(表1)。

象牙質知覚過敏症以外の知覚過敏症については、発症のメカニズムおよび治療法が確立されて いるのでこの鑑別診断が重要なポイントである。

本論では、歯周疾患進行と治療に密接にかかわると思われる象牙質知覚過敏症について、 臨床データを参考に、臨床に即した手順で考えてみたいと思う(表2)。

表1.知覚過敏症の診査 表2.象牙質知覚過敏症に対する治療法


1.知覚過敏の範囲が広範囲におよぶ場合
 
a:消炎鎮痛剤投与
 
ジクロフェナク ナトリウム25mg*3錠/day(東和薬品)を5日間投与。

歯髄炎症の鎮静を目的とし、象牙質知覚過敏症の根本的な治療法ではないが、プラークコントロール の確立と伴に再発を最小限に抑えることも可能である(図1)。

 消炎鎮痛剤投与は、ブラッシングやスケーリングが不可能な多数歯に対しての対応が可能である 以外に、歯冠修復後に生ずる知覚過敏に対しても有効である。症状によっては繰り返し投与も 可能であり、部位や年齢と無関係に一定の効果が得られる。 しかし、観察の長期化とともに再発の増加傾向が認められる。

 象牙質知覚過敏症に対する消炎鎮痛剤の効果は、歯髄炎症の存在を示唆するものと思われる 参考文献 2)

図1.象牙質知覚過敏症に対する消炎鎮痛剤の治療効果
b:歯磨剤(研磨剤なし)
 
Brosal(日本歯科薬品)を数カ月間使用(図2)。

プラークコントロールの確立された口腔内では、露出象牙質表層で再石灰化が起こっていると 考えられている 参考文献 3)。しかし、せっかく改善された歯質も歯磨剤中の研磨剤によって削り取られる ために知覚過敏の症状に改善が見られないことが多い。

そこで研磨剤を含まない歯磨剤(図2)が有効に作用すると考えられるが、当院では、 全ての治療を終了したメインテナンス期の患者に対してのみ使用を試みている。

本歯磨剤を使用するにあたって最大の留意点は、研磨剤を全く含んでいないため歯牙に外来性の 着色を生じることである。そのことを患者に説明した上で月に1本の割合で数カ月使用する。

効果は図3に示した通りで、1〜3カ月使用した時点で効果を発揮する。 他の治療法を試みても再発を繰り返す症例に対しても非常に有効に作用する。

図2.Brosal(日本歯科薬品) 図3.象牙質知覚過敏症に対する歯磨剤の治療効果

2.知覚過敏の範囲が比較的限定された場合
 
a:Nd:YAGレーザー照射 
 
連続波のNd:YAG CONTACT LASER(エス・エル・ティ・ジャパン社製)を使用し(図4) 、象牙質露出部分をエアーシリンジで乾燥したのち、レーザーチップ先端を罹患部に可及的に コンタクトした状態で、出力2.0W,照射時間1秒,のち約0.5秒経過後、再度同一条件にて照射し これを20回繰り返す。
 
b:臭酸カリウム塗布
 
臭酸カリウムの飽和水溶液を象牙質露出部分をエアーシリンジで乾燥したのち、綿球等で塗布し 再び乾燥する。

薬剤塗布については、臭酸カリウム以外にもFバニッシュ(昭和薬品)やハイパーバンド (昭和薬品)など比較的馴染みの深い薬品もあり、作用機序はそれぞれ異なるものの一定の 効果が見込まれる。

レーザー照射による治療効果は図5に示した通りである。

 Nd:YAGレーザー照射は、比較的多数歯に対しての対応が可能であり、効果が得られるまでの 繰り返し照射も可能である。但し、2回の照射で効果が得られない症例については、 それ以上の効果はあまり期待できない 参考文献 4)。 また、再発は比較的少ないが、観察期間の長期化とともに若干増加するものと思われる。

 2W,1秒(x20)程度の連続波Nd:YAGレーザーの効果として、象牙質表面の溶解は考えられない。 Nd:YAGレーザーの疎水性と、作用のほとんどが熱作用である事実を考慮して、 象牙質中の有機質に対して熱が作用した結果、象牙質知覚過敏症の症状を緩和したもの思われる 参考文献 4)

図4.S.LT.コンタクトレーザー CL50(S.L.T.Japan 社製) 図5.象牙質知覚過敏症に対するNd:YAGレーザーの治療効果

3.知覚過敏の範囲が限定され、実質欠損を伴う場合  
a:UMDA系レジン単独塗布
 
象牙質露出部分に対し、エッチング(EDTA水溶液),コンディショニング(10%NaClO, ヒポクロ水溶液),プライマー(HEMA/フェニルPプライマー)処理後、UDMA系光重合レジン (日本歯科薬品)を塗布,重合。
 
b:UMDA系レジン+CR併用
 
歯髄に対する為害作用が少なく、象牙質に対して強力な接着力を有するUMDA系レジンを ボンディング材として使用し、光重合レジンを充填する。

 今回使用したコーティング材(UDMA系光重合レジン)は、既製のレジンは勿論、 象牙質に対する接着性に優れ、合わせて高い親和性を特徴とする。 今回の実験では、楔状欠損部にコーティング材を単独で使用し知覚過敏の抑制効果を観察し、 観察期間中の再発もなく良好な結果が得られた(図6)。
図6.象牙質知覚過敏症に対するコーティング材の治療効果

しかし、ブラッシングによる磨耗も観察され、単独使用に対する限界も感じられた。

一方、UDMA系光重合レジンの特性を生かし、ボンディング材や覆罩材として既製の コンポジットレジンと併用した症例では、窩洞の深さを問わずレジンの脱落もなくより高い 臨床効果が得られた。

本材の使用に際して、エッチング(EDTA水溶液)にて露出象牙質の無機質を脱灰したのち、 コンディショナー(10%NaClO ヒポクロ水溶液)を用いて表層に露出した有機質の処理を行った。 コンディショナー塗布直後にも症状緩和が認められ、治療終了直後から一定の効果が得られた 。観察期間中の再発がなかったことと考え合わせ、象牙質知覚過敏症に対して有効なより 根本的な治療法と思われる。

しかし反面、部位によっては処置が不可能な場合もあり、1歯あたりの治療時間も長く多数歯の 処置には不向きであった。

 コンディショナー(有機質溶解剤)塗布後にも症状緩和が認められたのは、連続波Nd:YAGレーザー 照射による効果と同様、象牙質中の変質した有機質処理によるものと思われる 参考文献 5)


【まとめ】

  象牙質知覚過敏症の予防や治療には、プラークコントロールが重要である 参考文献 3,6)。 反面、歯周治療は、歯根面のセメント質表層を障害、もしくは削除することが多く、ために、 象牙質知覚過敏症の発生が少なくない 参考文献 7)

これらは、象牙質自体の性状の変化とそれに伴う歯髄神経線維の機能的変化が関与しているものと 思われる 参考文献 8)

今回の治療観察結果から、上記の各治療法においては、およそ90%以上の有効性を認めている。 また、症例によってはこれらの治療法を組み合わせることにより、更に有効な処置法が確立される ものと思われる。

一方、全ての症例を通じた共通点として、以下の2点が挙げられる。@治癒後、ブラッシングによる プラークコントロールができた場合、知覚過敏もコントロールでき再発までの期間が長い。 A上行性歯髄炎の疑われる症例では効果が得られない。


参考文献 参考文献 象牙質知覚過敏症;表紙に戻る