有髄歯と無髄歯では、歯周疾患進行速度が異なる!

河田 克之
Katsuyuki KAWADA
●姫路市・開業

歯周病学講座

歯周疾患進行・治癒におよぼす歯質の影響

明海大学歯学部同窓会兵庫県支部10周年記念会誌 13-17 1993年 4月 


はじめに

 歯周疾患のナチュラルヒストリーとは、疾病を放置していたらどのような速さで進行し、 最終的にどういうことになるかということである。 医療はこのナチュラルヒストリーをいかに改善できるかに対する挑戦である 参考文献1)

疾患のナチュラルヒストリーの詳細を記した報告は少ないが。1979年Beckerら 参考文献2)の報告によると、 アッタチメントレベルの低下は、もっとも進行の遅い人で0.24mm/Y、もっとも速いひとで 2.05mm/Yであったとしている。


  【症例1】

患者:36歳,女性
初診:1981年10月 6日
図1.初診時 1981年10月 図2.7年後 1989年3月

   
 5│抜歯を希望して来院した患者で、歯周外科を含む治療を勧めたにもかかわらず放置したため 7年後にはほとんど無歯顎の状態になっている。 ここで注目すべきは、この患者が初診時36歳と比較的若く残存する歯が全て有髄歯であった点である。


【症例2】

患者:36歳,女性
初診:1985年 5月28日
図3.初診時 1985年5月 図4.初診時 7年後 1992年11月

 同じく初診時36歳の患者で他院にて抜歯→総義歯を勧められていたが、残存する歯牙の保存を 希望して来院した症例である。

症例1のナチュラルヒストリーを考えるとBridgeによる補綴処置は無意味であると考えられるが、 当院では、上顎前歯部のFlap ope(アパタイト粒子移植)と抜髄→Bridge固定を行い7年を経過した。 この間腫脹等の不快症状もなく快適に機能しておりこと治療が有効であったことを証明している。

ここで注目すべき点は、手術を行った前歯部より手術を行っていない臼歯部である。 もちろん歯石除去等の初期治療はしているが、抜髄→Bridge固定をしたことにより歯周疾患の ナチュラルヒストリーを大きく改善できた事実である。

 盲嚢5mm以上、歯槽骨吸収 2/3 以上は通常抜歯の適応とされている。

残念なことに、これ以上進行した症例を保存しようと試みた文献を見ることがないばかりか、 これより軽度な症例の失敗をあげ、その理由をブラッシングの不良と結論付けているのが現状で あるように思われる。口腔清掃状態不良のままでの手術は必ず失敗するとの警告の趣旨は 理解できるが、実際我々開業医を訪れる患者の口腔内の衛生状態を教科書通りに導くことは、 時間的・経済的理由以上に人間の本質により多くの場合不可能であると思われる。

このことは現実に国民の歯周疾患罹患程度が、我々の努力にも関わらず一向に改善されていない 現実が如実に物語っている。


【症例3】

患者:48歳,男性
初診:1986年 3月16日
図5.初診時 1986年3月 図6.4年後 1990年8月

 48歳時と4年経過後のパノラマ写真である。

65」部および「6部にFlap ope (アパタイト粒子移植)を施行した症例で同一口腔内において程度がより重傷であった 上顎臼歯部が6年経過した現在でも歯槽骨吸収もなく正常に機能しているのに対し 、比較的軽傷と思われた下顎臼歯部において知覚過敏の訴えとともに2年8ヵ月後には抜歯に 至るほどの予後不良となった。

特に「6では、もし手術をしなかったらこれ程には急激に 歯槽骨吸収は進行しなかったと思われ、明らかに手術の失敗であったと言える。

一般にこのような失敗例をあげて口腔清掃状態の不十分なままでの外科的処置施行を 警告しているが、条件が同じはずの同一口腔内において成功と失敗が同居する理由は他の多くの 症例もそうであるように有髄歯と無髄歯の相違によると考えられる。

この症例においては、有髄歯で手術を行わなかった右側の下顎臼歯部でも、この後順調に 歯槽骨吸収が進行し現在治療中である。


【症例4】

患者:39歳,男性
初診:1986年 3月 8日
図7.初診時 1985年10月9日
Flap ope(アパタイト粒子移植)
図8.6年後 1991年10月28日 図9.初診時 1985年4月10日
初期治療のみ施行
図10.6年後 1991年7月4日

 それぞれ初診時と6年経過後のDental写真である。抜髄の上手術を行った「6の進行が止まり、 隣接する「45が順調に進行していることも興味に値するが、それ以上に興味を引くのは 手術を行わなかった右側上顎の臼歯部においても同様に無髄歯の5」の進行が隣在歯と比較して 有意に遅延している事実である。


【症例5】

患者:40歳,女性
初診:1981年 8月 6日
図11.初診時 1981年8月6日 図12.10年後 1990年11月11日 図13.10年後 再治療時口腔内 1990年11月1日

 初診時40歳でこれまでのナチュラルヒストリーと口腔清掃状態から決して永く機能するとは 考えられないはずの症例である。

再三のブラッシング指導と手術、メインテナンスの勧めにもかかわらず10年間放置された ままであったが、その清掃状態に起因する二次カリエスのために再び治療を希望して来院。 全顎無髄歯であるせいかカリエスによる歯牙破壊が著明であるかわりに歯槽骨吸収は軽度で、 この10年間のアッタチメントレベルのロスは平均0.20mm/Yであった。

現在は、手術を含む再治療も終了し、清掃状態も不十分ながらメインテナンスに応じていることから 今後10年間はさらに機能するものと思われる。


 大学病院における歯周疾患治療と異なり我々開業医の場合、必ずしも良好な衛生状態のもとで 治療が行えるとは限らない。

時には患者の希望により、抜歯の適応と思われる症例でもBridge等による補綴を行うケースもある。 その結果、我々の予想に反して長期間歯牙が機能していることは決して稀なことではないように 思われる。

そのなかで歯周疾患進行が著明であった歯の特徴は、おのほとんどが有髄歯であり、 頑固な知覚過敏を伴って極端に速く進行したことである。

 これらの症例を含め、5年以上経過した数多くの症例を検討した。その結果、有髄歯・無髄歯 による歯質の相違に限らず、加齢に伴う歯質の相違等が歯周疾患進行および治癒に大きく 関与していると思われるとの結論を得た。これらの証明は今後の研究に委ねられることであろうが、 明日からの診療の、1つの目安と考えていただければ幸いである。

 このような現状のもとで、歯周疾患の進行を平均20年は遅らせるのではないかと思われる 成果を上げている当院の方法を紹介する。

1.初診・再診時の患者は、必ずスケーリングを行う。
 痛みのために嫌がる患者も多いと思うが、「この歯石をとると2〜3年は歯の寿命が延び ますよ」と説得する。当初はこの手のトラブルもあったが、最近は患者も納得して、反対に、 ここの歯科医院に来れば丁寧にスケーリングしてくれるとの評判で来院される人も多い。

 歯が痛い、しみる、むずむずする等、一見原因不明な主訴の多くがこれで解決する。

2.支台形成・根面形成時に改めてスケーリングを行う。
 保険点数の評価もなく面倒な処置ではあるが、あとの印象時の操作が楽になると同時に、 このより完璧な除石は歯牙延命に大きく効果を発揮する。
3.歯槽骨吸収1/2以下のものは外科処置を行わない。
 患者に、放置した場合進行速度の速い部位では2年以内に抜歯の対象となる ナチュラルヒストリーを説明し、月1度のメインテナンスの必要性と効果を強調する。 この際には、特別なブラッシングを強要しない。毎月のスケーリングとエアーフローにより 残存する歯石が無くなるに従い口腔清掃状態も改善されるが、この時、患者の質問に答えるかたちで ブラッシングの要点のみ説明する。

 歯周疾患進行に伴う知覚過敏を訴える部位については、通常の処置で効果のみられない場合、 積極的に抜髄→連結固定を行う。

4.歯槽骨吸収2/3以上のものは、抜髄のうえ積極的に外科処置を行う。
 通常、抜歯症例と考えられているものであり、実際、有髄歯のままではいかなる処置を 加えてもよほど口腔清掃状態が良くない限り予後不良となる。 しかし、抜髄のうえ手術し、完璧に歯石を除去することと合わせ、Bridge等により限りなく 大きく連結固定を行えば、少々口腔清掃状態が悪くても歯周疾患の進行は十分阻止できる。

但し、術後の抜歯に至る失敗(5年以内約5%)の大半が、清掃状態の不良による二次カリエス であることを十分認識しておく必要がある。

5.原則、月1度のメインテナンスの励行。
 口腔衛生状態保持と歯周疾患進行に大きな効果がある以外に、初期段階でのカリエス治療が 可能であることと、Bridgeの片側脱離による歯牙喪失防止に多大な効果を発揮する。

 積極的なブラッシング指導は患者に嫌われる傾向があるように思われる。 それに比べスケーリングによる口腔清掃状態の改善と要点のみの指導は、患者に受け入れられ易く、 併せて患者の感謝の言葉は我々医療従事者にとって大きな励みとなる。

 以上の治療を行うにあたって、より適切な根管治療と顎関節症に対する知識が重要であることは 改めて述べるまでもない。


参考文献

  1. )長谷川紘司:歯周病の治癒〜その概念の変遷〜.日本歯科医師会雑誌,43:299-305, 1990.

  2. )Becker,W.,Berg,M.L.and Becker,B.E.:Untreated periodontal disease:A longitudinal study.,J.Periodont.,50:234-244,1979.


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