象牙質知覚過敏症の原因は?“動水力学説”は真実か!?

歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響 V
−知覚過敏−

                            

 “知覚過敏”我々開業医が最も遭遇する機会の多い疾患であり、広義の意味では来院する 患者のほとんどが潜在的に有する症状である。“知覚過敏”の原因としてカリエス、レジンの 為害作用、窩洞形成、楔状欠損、歯周疾患、顎関節症等が考えられている。

(表1)は、それらをまとめたものである。勿論、原因も処置も単独でないばかりか、 時には相反する場合が存在し、その事が一層理解を困難にしている。 今回、“知覚過敏”にまつわる多くの臨床事実とその関連を考察し、有効な治療成果を 確認し得たので報告する。

知覚過敏の種類

原因と考えられる事柄

主たる処置

歯髄の反応

カリエス   

細菌の侵入    

軟化象牙質の除去

歯髄の狭窄

レジンの為害作用

レジン中の残留モノマー

充填材の変更

歯髄の狭窄

窩洞形成後

切削時の発熱・象牙細管の開口

覆罩

歯髄の狭窄

楔状欠損

歯髄との距離

アイオノマー(レジン)充填

歯髄の狭窄

歯周疾患

歯根膜の炎症 or “動水力学説”

プラークコントロール

歯髄の狭窄

根面処理後

象牙細管の開口

プラークコントロール

歯髄の狭窄

顎関節症

歯根膜の炎症・神経性

咬合調整


無髄歯の知覚過敏

歯石・セメントの残留・根尖病巣

スケーリング・根管治療





 まず原因がカリエスである場合は、我々歯科医が最も得意とする分野であろう。

通常、見た目にも明らかな齲蝕が存在し「よくまあこんな大きくなるまで放っときましたね。」 の言葉と同時に抜髄して一件落着。

反対に、「本当にこの歯ですか?」と問い正したくなるのが 無髄歯の場合。周囲や反対側に該当する歯がないか確かめて、少しでも可能性のある 歯を見つけては何回も問い正すが患者の答えは[NO!」しかし、 予後は意外と良好なケースが多く、根管治療や除石により異物が排除され歯肉の炎症が治まれば 速やかに回復するのが特徴である。

顎関節症に伴う知覚過敏も特徴的、且つ特殊な要素を持つ。 すなわち、知覚過敏単独の症状を呈する事は稀で他の顎関節症特有の症状と伴に出現するため 鑑別が容易で、予後も良好なケースが多い。

 問題は、それ以外の場合である。露髄するまで削っても症状が少ないか無いケースがあるかと 思えば、ほんの少し削っただけなのに激しい症状が現れたり、辺縁封鎖性等論外の二次カリエスに 知覚過敏が無いのに、自信をもって入れた修復物に症状が出現する。

プラークコントロールで改善するケースが有るかと思えば、ルートプレーニングに熱心なあまり 症状が悪化したり、最悪の場合には歯周外科処置を行い、予後不良により抜歯(図1,2)。 しからば、ブラッシングを強調し過ぎて楔状欠損。あの深い楔状欠損に症状が無いのにこの 程度の欠損で…、と思わずグチをこぼしたくなる日常臨床である。

図1.「6 Fop 術前 1987年11月20日 50歳 男性 図2.術後3年。1990年8月16日。歯槽骨吸収程度が比較的
軽度であったため、 有髄歯のまま Fopを施行したが、
強度な知覚過敏と歯周疾患進行により3年後に抜歯。


臨床統計

1994年1月から同12月までの1年間に河田歯科医院を訪れた患者1106名のうち、 知覚過敏の症状を訴え抜髄以外の知覚過敏処置を行った111名について調査した結果を以下に示す。

111名のうち、プラークコントロールやスケーリング、或はフッ素等薬物塗布により所定の 効果が得られなかった患者は半数の60名であった。 男女比は(図3)に示す通り、男性22名に対して女性38名と全体(図4)と比較し 女性の患者が多かった。

 “知覚過敏の本質が、歯髄の炎症である”との見解から、消炎鎮痛剤の1種であるボルタレン系の 薬剤(ジクロフェナク ナトリウム25mg*3錠/day)を5日間投与したところ、 図5に示す結果を得た。即ち、知覚過敏の程度を0〜4の5段階に評価し投与前と投与後を比較し、 全体として術前2.92から術後0.82と減少し2.10の治療効果が得られた。 歯周疾患の予後に比べ窩洞形成後の予後が若干悪いのは、歯髄炎の症状が強く、治療効果が全く 認められず最終的に抜髄に至った4例を含む為と思われる。 

 以上の結果、頑固な“知覚過敏”に対して消炎鎮痛剤の投与は、試みる価値があると判断された。

一方、消炎鎮痛剤の有効性は、“知覚過敏”の本質が歯髄の炎症である事を物語っている。


図3. 図4. 図5.


 炎症

 知覚過敏を考察する前にまず炎症について考えて見たいと思う。炎症はある種の刺激に 遭遇した生体組織の呈する一種の防衛的反応である 参考文献;医学大辞典 1)。 “ある種の刺激”とは細菌は勿論、機械的、温度的、化学的刺激の他に、異物の存在等が 考えられている。結核菌等による特殊炎をのぞく通常の炎症を考える際、細菌の存在と伴に “異物の存在”が特に重要である。つまり、常在菌の等しく存在する環境の下では、 炎症の強さは、生体の抵抗力と存在する異物性の強さに左右される。

生体の抗抵力については別の機会に譲って具体的な例を考えてみよう。 鋭利な刃物の傷は化膿し難い、反対に“刺”等の異物が刺さった場合はたとえ小さな 傷であっても化膿し易い。しかも、その“刺”が、セラミックの様に生体にとって 親和性の良い物であれば炎症は軽度ですむが、異物性が強ければ強い程炎症も強くなる。

根尖病巣を例にとると、生体に比較的親和性の良いとされるガッタパーチャーとシーラーにより 綿密に封鎖された根尖では炎症は認められない。 しかし、血液の混入等によりシーラーが腐敗した場合、腐敗の程度に応じて根尖の病巣も拡大する。 従って、その治療法が根管内の腐敗物の除去と綿密な再根充であることは周知の事実である。 つまり、消炎療法の基本は、除去可能なものに関しては異物(異物性)の除去が原則である。


 


 知覚過敏

 医学的には、急性炎症が存在する諸所における表面(触覚、痛覚、温覚)ならびに深部知覚の 過敏状態をいう参考文献;医学大辞典 2)。 一般に、“腫れ物に触るような痛み”と言われるように、普段は感じない程度の刺激に対して 過剰に反応する状態で、局所に於ける疼痛閾値の上昇が原因と考えられている。

   


 知覚過敏の原因

  知覚過敏を論ずる場合、カリエス末期の知覚過敏はほとんど除外されているように思われるが、 基本的には同じメカニズムにより発症すると考えている。そこでカリエスについて現在までに 明かにされた事実について考えてみたい。

  1. カリエス末期の知覚過敏は歯髄の炎症(歯髄炎)であると理解されている。 “ある種の刺激”の1つとして、細菌の存在は当然考えられるが、歯髄炎症の原因は腐敗した 象牙質中の有機成分であると考えている。周知のようにカリエス、特に象牙質カリエスは 細菌侵入を伴なう硬組織(無機成分)及び軟組織(象牙質中の有機成分)の腐敗である。 これは、1つの仮説として理解いただきたい。

  2. レジンの為害作用による知覚過敏は、一般に残留モノマーによると理解されている。 その刺激が直接歯髄に作用しているかどうかは別にして、歯髄組織を壊疽に導く程の刺激であれば まずその前に象牙質中の有機質が腐敗しているであろう事は想像に難くない。

  3. 窩洞形成後の知覚過敏は、切削時の発熱と象牙細管の開口に伴う汚染と考えらている。 これもレジンの場合同様、歯髄に直接作用する以前に象牙質中の有機質を変質、腐敗させていると 考えられる。

  4. 楔状欠損の場合は、歯髄との距離が問題にされているが、特に注目して考察したい。 日常臨床を改めて振り返ってみると、カリエスや歯周疾患を併発している場合を除いて 楔状欠損単独では決して知覚過敏が存在しない。 磨耗表面は滑拓で、象牙細管が石灰化更新により閉鎖され、たとえ歯髄に達する欠損であっても 症状がない。歯髄の後退も十分に考えられるが、比較的若年者では抜髄に際して歯髄との 距離がない場合が多い。余計な処置を施すと症状を悪化させる事が多いので、極力触らず、 極力為害作用の少ないアイオノマーの充填が推奨されてきた所以である。

    軽度の楔状欠損であるにも関わらず症状が認められる症例は、後述の歯周疾患による 知覚過敏であり、多くの場合徹底したプラークコントロールにより症状が改善する。

  5. 歯周疾患と知覚過敏の関係は、従来から様々指摘されている。 知覚過敏があるからブラッシングが不十分になり、歯周疾患が増悪する。 反対に、プラークコントロールが確立され歯周疾患がコントロールされると知覚過敏も軽減される。 卵が先か、鶏が先かの議論のようでもあるが、何か釈然としない歯車のかみ合わない話である。

    先の兵庫県歯科医学大会で著者が指摘したように、象牙質の有機質含有量が歯周疾患の 進行速度に影響する(図6,7)。そして、歯石を除去すれば炎症がおさまり、歯を抜けば 炎症が消失する臨床事実等から、歯周疾患罹患歯における象牙質中の有機質変質(腐敗)の 可能性が考えられる(図8,9)。従って、上述のケース同様に、腐敗物に接した歯髄に 炎症が起こったものと推測される。

  6. 過剰な根面処理後に起こる知覚過敏も、臨床上不可解であると同時に困った問題である。 これは、一般にも象牙細管の開口が指摘されているように、外来のあらゆる刺激に対して 無防備になった象牙細管内の有機質が容易に変質(腐敗)して知覚過敏と歯周疾患を増悪に 導いていると考えられる。 

   
図6.初診時 1992年 3月13日  
42歳 男性   年齢の割に歯
が白く象牙質中の有機質が多い。
図7.1年後 1993年 1月26日      
治療の甲斐なく知覚過敏が
増悪し、1年後に抜歯。  
図8.抜去歯牙割面 45歳 男性     
健全部が透明であるのに対し、
歯石の付着した歯周疾患罹患部
の象牙質は白濁し、境界が明瞭
である。       
図9.抜去歯牙割面(左:サフォラ
イド による染色) 58歳 男性 
歯周疾患罹患部とカリエス
罹患部は染色され難い。   


 知覚過敏の治療

 現在臨床で行われている治療法を分類すると以下のようになる。
  1. 歯髄の鎮静を意図した薬剤の塗布、覆罩、或はソフトレーザーの照射等で今回の消炎鎮痛剤の 内服はこの範囲に含まれると考えられる。

  2. 機械的に刺激を遮断する方法で、広義にはインレーやクラウンも含まれるが、一般的には ライナーやボンディング材の塗布、そして最近では歯磨材による方法等がある。

  3. 腐敗した有機組織を極力排除する方法で、現状ではこれを目的とした治療法はないが、 日常繁用されているサフォライド(フッ化ジアミン銀)の塗布がこれに該当するのではないかと 思われる。

    その理由として、サフォライドが強力な蛋白凝固作用を有する事と、同様の作用を有する FC(ホルムクレゾール)にも治療効果が認められる点が考えられる。そしてもう1つが、 当院でも現在実験的に使用しているハードレーザー照射である。ハードレーザーの詳細は 明らかにされていないが、効果の1つである腐敗有機質の蒸散作用に注目している。



 まとめ

 我々開業医が日常臨床で比較的遭遇する機会の多い“知覚過敏”の治療法として、消炎鎮痛剤の 1種であるジクロフェナクナトリウム内服の有効性が確認された。これは、“知覚過敏”の 本質が歯髄、或は歯周組織の炎症である事を示唆するものである。 同時に、炎症の原因が隣接する組織;象牙質の変質(腐敗)を示唆するものと思われる。


参考文献

  1. )鈴木 正二編:医学大辞典(第7版) 南山堂出版,東京,1976,139.

  2. )鈴木 正二編:医学大辞典(第7版) 南山堂出版,東京,1976,996.