何時か必ず訪れる歯周疾患末期に備えるべき!

河田克之
Katsuyuki KAWADA
●姫路市・開業
デンタルダイヤモンド 2003年9月 秋季増刊号掲載 第28巻14号 30-33

ペリオ この疾患にこの治療法の新展開

中程度歯周炎  治療の基本は歯石除去

メンテナンスの効果
図@
メンテナンスの効果
図A
メインテナンスの効果
図B
メンテナンスの効果
図C
メンテナンスの効果
図D
メンテナンスの効果
図E
メンテナンスの効果
図F
メンテナンスの効果
図G
メンテナンスの効果
Dental Diamond 増刊号
監修:鴨井久一 編集委員:河田克之、岩田哲也、武内博朗
【症例】
初診時:42歳 男性
主訴:下顎前歯部の動揺が気になる
口腔内所見:全体に歯肉縁下歯石の沈着が著しく、歯肉からの出血や排膿も著明(図1)。 検査結果は図2に示した通りであった。
X線所見:上顎の歯槽骨破壊は約1/2、下顎の歯槽骨破壊は約1/3程度であったが、 主訴の右下1番は1/2以上の歯槽骨破壊が認められ動揺も著明であった(図3)。
治療方針:動揺が著しく、残存歯槽骨約2mmであった右下1番を含む 2-|-2については、 歯槽骨再生を期待して人工骨補填材(ハイドロキシアパタイト・アクトセラムK・ライオン 歯科材製)を用いた外科的処置を行なうこととした。上顎については、将来的な外科的処置 を視野に入れながらも、メンテナンスを優先してできるだけ保存的な方法で延命を試みる こととした。
処置および経過:通法通り全顎の歯周初期治療を行なったのち、 2-|-2を抜髄したうえで 歯肉掻爬剥離術(骨補填材使用)を施行。2ヵ月間の治癒期間を経過したのち、補綴処置を 行なってメンテナンスに移行した。14年を経過した現在、追加処置を行うこともなく経 過良好(図4・5)。検査結果は図6に示す通りである。
メンテナンスの方法:1ヵ月毎に歯石除去を主体とした検診と指導。

考察:メインテナンス期間中を通して、常にプラークの付着した口腔内はお世辞にもブラッ シング指導が行き届いた状態であったとはいえない。しかし、毎月欠かすことなく14年間ス ケーリングを継続した結果、更なる歯槽骨の破壊もなく良好な経過が得られた。
 ここで注目すべき点は、末期状態と思われた下顎前歯部が良好な経過を得たこと。それと 追加的な外科処置が必要と思われた上顎の重度な歯槽骨破壊が停止したことである。更に注 目すべき点としては、メンテナンス期間中を通して、新たなカリエス処置が一切行われて いないことだ。

中等度および重度歯周疾患に対する治療の選択
 ある一定以内の進行状況であれば、永遠に歯槽骨破壊を抑制できるというのが私のメン テナンスに対する評価である。しかし、どのような状態が或る一定以内であるかを術前に察 知することは不可能である。それは、メンテナンスの間隔にもよるが、本症例のように歯 槽骨破壊が1/2にもおよぶ症例でも破壊が抑制されることが多いからだ。従って、歯槽骨破壊 が1/3以下のものについては、スケーリング&ルートプレーニングを行なったのちに、継続的 なメンテナンスを行なえばほぼ確実に進行を抑制することができると確信している。また、 歯槽骨破壊が1/2程度の重度歯周疾患は、将来の外科的処置を視野に入れながらも第一選択と しては外科的処置を避けてメンテナンスを優先している。

 歯周疾患進行傾向の著しい患者に対して、どのような治療方法を選択するかは担当する医 師の経験と価値観によって大きく異なる(図7)。私自身、歯槽骨再生の草分けともいえる人 工骨補填材が発売された10数年前と今では異なった治療方針を選択している。一般に歯周外 科処置の適応とされているのは、歯槽骨破壊が1/3〜1/2の中等度の歯とされている。しかし、 この時点で行なう手術は必ずしも良好な予後が得られていないように思う。それは、歯牙保 存の立場から有髄のまま手術を行った結果、極度の知覚過敏症状を引き起こして無惨な結果 を招くからである。一方、歯槽骨破壊1/2以上進行した末期状態の歯は、術後の補綴物によ る連結固定を前提に抜髄して手術を行なうので知覚過敏の心配も無く良好な結果を得ること が多い。さすがに歯槽骨破壊が根尖部に及んで全く見込みのない歯根は除外するが、私の場 合外科処置の対象にしているのはいわゆる末期と呼ばれる症例である。

人工骨補填材について
 歯槽骨破壊が1/2以上であった下顎前歯部については、当時の時代背景もあって人工骨補 填材を使用した骨再生を試みたが、14年の歳月を経て再発もなく良好な結果が得られた。こ れは、患者の協力により毎月欠かすことなくメンテナンスを継続できた結果だ。しかし、 メンテナンスの行き届いていない症例では、10年を経過したころから、ハイドロキシア パタイトを補填した部分から排膿を起こす症例に遭遇することがある。その対処として、 ハイドロキシアパタイトの除去を余儀なくされる。これは、手術部位の再発により、埋入さ れたハイドロキシアパタイトが汚染されて新たな感染源になってしまったからだと思う。
 従来抜歯の適応とされていた末期状態の歯が手術の対象となり、歯肉退縮を抑制すること に対しては人工骨補填材には一定の評価が与えられるものの、本来の骨伝導能に対しては懐 疑的に評価している。

メンテナンス開始の時期
 中等度以下の歯周疾患であれば、メンテナンスによりほぼ確実に歯槽骨破壊を抑制する ことができる。その意味では30代からメンテナンスを始めれば、多くの患者が救われるこ とになる。しかし、厚生省の調べでも確実に増え続ける歯周疾患患者(図8)に歯止めをかけ るためには、進行を待って疾患が確認できた患者に対してのみメンテナンスを勧めるべき ではない。歯周疾患の程度や進行速度には個人差があることは事実である。しかし、人生80 年となった現在、何時か必ず訪れる歯周疾患末期に備えてできるだけ早くから始めるべきだ と考える。そこで10年以上メンテナンスを継続した患者を年代別に分けて追跡調査した結 果、意外な事実に気がついた。最長22年のメンテナンス期間を通して、各年代とも抜髄と いう処置がほとんどないことだ1)。過去に大きなカリエス治療歴のある歯の再治療を除けば、 稀にCR程度の処置が散見されるだけである。メンテナンスがカリエスの発生や進行抑制に 有効である可能性に関しては、今後の研究を待たねばならないが非常に興味深い結果だ。事 実、学童期からメンテナンスを始めた患者は、20歳を過ぎても大きなカリエス治療の痕跡 がみられない。
 抜髄という手遅れな治療が如何に惨めな結果をもたらすかは、歯科医であれば周知の事実 である。しかるに患者が異常に気付いて歯科医院を訪れたときにははとんどの歯が抜髄の対 象となってしまう。メンテナンスによる早期発見・早期治療がどれほど多くの歯を救って いるかは想像に難くないが、それ以上に、再石灰化を助けて新たなカリエスの発生すら抑制 していることを確信している。
歯槽骨破壊が1/2以下であれば歯槽骨破壊をコントロールすることができるとはいえ、好条件 での口腔環境保全の観点から、できるだけ早い時期からメンテナンスを始めることが有効 だと思われる。これは、25年の臨床を通して、外科的手法により歯槽骨再生の可能性を追求 し続けたかたわら、常にメンテナンスを継続することを実践して得た結論である。

  【まとめ】
 日本人の平均寿命が80年を越えるようになった現在、必ずといってよいほど訪れる歯周疾 患の末期症状。この危機感を全ての国民が共有して、できるだけ早い時期からメンテナン スを始めるという習慣が定着すれば、国民病とまでいわれている歯周疾患を完全にまで封じ 込めることが可能だと思う。

  参考文献
1)河田克之:あなたは一生「自分の歯」で食べられますか?、初版、46-71、悠飛社、東京、 2003.

                            


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