新生セメント質形成量ならびに新生骨形成量は、 根面性状による創傷治癒程度の差によって決定される

歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響 U
象牙質の変化

日本歯周病学会認定医
姫路市開業:河田 克之   


要旨
 歯周疾患の予後を最も大きく左右する要素は、プラークコントロールである。しかし、 日常臨床のなかには、プラークコントロールの良否だけでは説明できない症例に遭遇することがある。 そのような症例のなかから特に歯髄の有無に注目し観察,予後の分析を行った結果、有髄歯に比べ 無髄歯の方が歯周疾患の進行を抑制する効果があることが確認された。その理由として、 歯質とりわけ象牙質の性状が関与しているものと思われる。


緒言
 歯周疾患の治癒経過の差は、単に症状の進行度つまり歯周組織破壊の程度によるだけでなく、 患者の自己管理能やリコールへの態度など個体差によって異なることは言うまでもない。 一方、同一口腔内で差が認められる症例では、歯の部位あるいは外傷性咬合や不良補綴物の有無等、 局所条件の違いが考えられている。今回この局所条件の相違に注目し日常臨床を考察した結果、 歯髄の有無により治癒経過に差が認められたと思われる症例を多数経験したので報告する。


【症例 1】

患者:42歳(初診時), 男性
初診: 1990年 3月 8日
主訴:「7の疼痛
全身既往歴:特記事項なし

 
図1-a 初診時 '90年3月
図1-b 初診時 口腔内写真
'90年3月8日 
図1-c 7654│ 初診時  5│根管治療済み
'90年9月25日

【症例 2】

患者:38歳(初診時),女性
初診:1990年 4月13日
主訴:│8の疼痛
全身既往歴:特記事項なし

 
図2-a 初診時 '90年4月
図2-b 初診時 口腔内写真
'90年4月13日
残存する歯は白くブラッシングも良好、
しかし歯周疾患は重傷
図2-c 7654│ 初診時  5│根管治療済み
'90年6月19日

 症例1,症例2ともに全顎に渡る高度な歯槽骨吸収のため、歯周疾患の治療を希望して来院した 症例である。そのなかにあって失活歯である5│が周囲のはに比べ歯周組織破壊が軽度である (図1-c,図2-c)。元来根管治療が成されている歯は、治療時において劣悪な条件で あったばかりでなく、治療後も多くの不利な条件の下にあると考えられる。 しかし、日常臨床ではこのような傾向が数多く認められる。
【症例 3】

患者:30歳(初診時),女性
初診:1982年 9月 3日
主訴:7│の疼痛
全身既往歴:特記事項なし
口腔内所見:2│に歯列不正および早期接触
 によると思われる歯槽骨の吸収が認められ
 た。口腔清掃状態は不良で歯石の沈着と歯
 肉の発赤、腫脹が全顎に認められ、局所に
 深い骨縁下ポッケトが存在した。

 
図3-a 再診時 口腔内写真
'90年11月4日
図3-b 初診時 '82年9月
図3-c 15年後 '97年10月
図3-d 初診時 '82年12月4日
年齢の割に骨吸収進行が著明
図3-e 15年後 '95年12月5日
抜髄・MTM・連結固定とメインテナンスにより予後良好

治療経過
 初期治療終了後、21│抜髄,MTM,咬合調整の上補綴処置により環境改善を計り、 メインテナンスを行った結果、12年経過した現在、歯肉,歯槽骨の状態ともに良好である (図3-d,e)。
 我々開業医の臨床では、一見抜歯の適応症と思われるケースも患者の強い希望により歯牙保存を 余儀なくされることがままある。しかも、それが予想に反して永く機能する場合も多く、 歯周疾患治療の方針決定をより複雑なものにしている。この予想に反して永く 機能している症例を検討し最大公約数を捜してみると“無髄歯”である場合が多い。
【症例 4】

患者:39歳(初診時),男性
初診:1985年 3月 6日
主訴:「7疼痛
全身既往歴:特記事項なし
口腔内所見:口腔清掃状態は不良で歯肉の発
 赤、腫脹が口腔内全域に見られ、特に下顎
 前歯部では著明な歯槽骨吸収と動揺を認め
 た。

 
図4-a 初診時 '85年3月
図4-b 6年後 '91年6月
図4-c 5│抜髄時 '85年4月16日
図4-d 5年後 '91年7月4日
4│は根管治療の不備
図4-e 「6 抜髄時 '85年10月4日
図4-f 6年後 '91年10月26日

治療経過
 初期治療終了後、下顎前歯部の歯周外科処置と同時に5│と「6の抜髄処置を行い、 補綴処置を終了しメインテナンスに移行した。その後、遠隔地からの通院であったこともあり 来院がとだえていたが、6年後再び歯牙の動揺を主訴に来院。再診時の所見として全体に5mm程度 の歯槽骨吸収を認めた(図4-b)。それらと比較すると、前回治療時に抜髄処置を施した 下顎前歯部と5│,「6の歯槽骨吸収は極端に軽度であった(図4-c〜f)。
【症例 5】

患者:46歳(初診時),男性
初診:1983年 6月30日
主訴:4│の腫脹と疼痛
口腔内所見:4│に深い骨縁下ポッケトと歯
 肉の腫脹が認められたがほかの部位の歯肉
 は比較的良好で、全歯に咬耗が認められた
 が、咬合診査の結果外傷性咬合は認められ
 なかった。

 
図5-a 再診時 口腔内
'92年6月11日
図5-b 初診時 '83年6月
図5-c 7年後 '90年8月
図5-d 765│Fop術前 '86年3月12日
図5-e 11年後 '97年11月17日
術前3年間の歯槽骨吸収量は5│において最大5mmと著明であったが、術後はトラブルもなく11年を経過した現在良好
図5-f 「6Fop術前 '87年11月20日
図5-g 3年後 '90年8月16日
歯槽骨吸収程度が比較的軽度であったため、有髄のままFopを施行したが、強度な知覚過敏と歯周疾患進行により3年後に抜歯

治療経過
 初診時には歯周疾患治療に対する理解が得られず、主訴である4│の抜歯を行ったのみで あったが、3年後再び5@の腫脹と疼痛を主訴に来院。前回の失敗を教訓に治療に対する理解が 得られ、歯周外科を含む処置を行うこととした。初期治療終了後、653│抜髄の上、 歯肉剥離掻爬手術(ハイドロキシアパタイト使用)を施行しメインテナンスに移行、11年後の現在 経過良好(図5d,e)。
 一方、「6も同様に外科処置を行ったが歯槽骨の吸収がより軽度であったため、術後の固定は不要 と判断し歯髄処置も行わないこととした。術後強度の知覚過敏を呈したが、薬物塗布等による症状の 改善を計り経過を観察した。しかし、3年後には根尖部まで及ぶ歯周組織破壊進行のため抜歯に至っ た(図5-f,g)。

【症例 6】
患者:52歳(初診時),男性
初診:1990年 4月 2日
主訴:│7の動揺と「3の疼痛
全身既往歴:特記事項なし
 
図6-a 初診時 口腔内
'90年4月2日
図6-b 初診時 '90年4月
図6-c 3年後 '93年2月
図6-d │67抜髄時 '90年5月7日
図6-e 3年6か月後 '94年1月28日

治療経過
 初期治療終了後、症状の軽度な│45は有髄のまま、│67抜髄の上、 歯肉剥離掻爬手術(ハイドロキシアパタイト使用)を施行しメインテナンスに移行。 4年経過した現在、無髄歯である│67が良好な予後を得ている反面、│45 では歯周組織破壊の進行が認められる(図6-d,e)。
 有髄歯を手術した際に生じる知覚過敏の原因は、過度なルートプレーニングによる 象牙細管の解放と考えられている。知覚過敏と歯周疾患の進行に何らかの相関関係が存在するで あろうことは、日常臨床で数多く経験する。しかし、その理由として一般に“ブラッシング不良” が挙げられているが、それでは症例1や症例2のように両隣在歯を有髄歯に挟まれたケースを 説明することはできない。知覚過敏の原因を一言で説明するのは現段階においては不可能であるが、 歯周疾患の進行に係わる共通する要素を含んでいるものと推測される 参考文献 1)
図7 歯周外科処置後の経過 1
図8 歯周外科処置後の経過 2
図9 歯周外科処置後の経過 3
外科処置後の経過(統計)
 この統計は、1992年度に河田歯科医院を訪れた患者1160名のうち、5年以前の来院記録の存在する 424名中歯肉剥離掻爬手術の既往を有する 108名( 379歯)を対象に5年後の予後を、 有髄歯:無髄歯の別に集計したものである。
 一般に歯周疾患の予後を判定する際に用いられる5年生存率においては有髄,無髄の区別なく いずれも92%の成功率であるが(図7)、この結果は必ずしも歯周外科の予後を正確に反映している とは言い難い。すなわち、元来有髄歯は歯周組織破壊が軽度な上に、術後の経過においても、 二次カリエス,歯根破折,根管治療の不備等のいわゆる歯周疾患以外の破壊要素が少ないから である(図8)。
そこでそれらの破壊要素を排除し、術後5年間の骨破壊が1mm(1年当たり0.02mm;0.02/Y) 以上認められるか否かにより判定すると有髄歯47%,無髄歯98%と、その成功率において大きな 差が生じる(図9)。
考察
 歯周疾患のナチュラルヒストリー 参考文献 2)とは、疾病を放置していたらどのような速さで進行し、 最終的にはどういうことになるのかということである。医療はこのナチュラルヒストリーを いかに改善できるかに対する挑戦である。このナチュラルヒストリーの改善を目的として種々の 外科的処置が試みられているが、その予後は必ずしも良好なものばかりとは言えない。 その第一の原因はプラークコントロールであることには異論はないようである。事実この度の 調査においても、プラークコントロールの良好な患者は有髄歯,無髄歯も区別なく予後良好であった。 しかし、プラークコントロールの苦手な患者が大半を占める現状で何らかの改善処置を考えた場合、 “抜髄”が臨床上有効な手段であるならば、歯周治療本来の理想である天然歯保存から逸脱して はいるがその事実と原因の究明が必要である。

 この“抜髄”による効果は、多くの臨床家が経験するところと思われるがその理由に言及した 報告はみあたらない。知覚過敏の解消,歯周組織の栄養補給改善と考えるのが一般的なようであるが、 これだけでは十分な理解が得られる説明とは言い難い。

 浦郷 参考文献 3)は、その著書の中に健常者の場合、CEJ から歯槽骨頂までの距離、つまり歯槽骨の 高さは20歳までは1.69±0.28mmであるが、加齢に伴って0.06/Yの割合で生理的吸収が起こると 述べている。歯周疾患のナチュラルヒストリーの詳細を記した報告は少ないが、 LQeら(1978) 参考文献 4)がスリランカで行った疫学的調査によれば、口腔清掃状態の悪い歯では アッタチメントレベルの低下は0.24mm/Yと報告されている。1979年Beckerら(1979)5) の報告によると、もっとも進行の遅い人で0.25mm/Y、もっとも速い人で2.05mm/Yであった としている。

 これらの事実に関連して“歯周疾患進行と年齢”に関する報告は、増齢に伴い進行速度が 減少する点で一致している。Beckerら(1979) 参考文献 5)の報告は、歯周疾患の進行は44歳以上のほうが 以下の人より遅いが、病変自体は着実に進行するというもので、1987年の北海道歯科医師会 参考文献 6) や、尼崎歯科医師会 参考文献 7)の抜歯原因調査の結果とも一致している。 つまり、歯周疾患に罹患した場合、若い人(歯牙)程進行速度が速いことを意味している。

 歯は、萠出後加齢と伴に石灰化を更新することが知られている。この変化は主として 象牙細管閉鎖に伴う石灰化更新であり 参考文献 8)、硬化象牙質または透明象牙質と呼ばれ 正常象牙質よりも無機質含有量が高いと言われている。無髄歯においても同様の変化があると 推測されるが、これらの変化は、損傷やカリエスなどの刺激によっても形成されると言われており、 歯牙着色の原因と考えられている。俗説ではあるが、「歯の黄色い人は歯槽膿漏になりにくい」 とか、「ムシ歯の人は歯槽膿漏になりにくい」と信じられている事実が、加齢,カリエス, 抜髄等による歯質とりわけ象牙質の変化(石灰化更新)と何らかの係わりがあるのではないかと 思われる。

 一方、象牙質の変化と歯周疾患との関連に関する研究は少なく 参考文献 9〜13)未だ不明瞭な点も多いが、 Adriaensら(1986,1988,1988) 参考文献 9〜11)は、SEMと光顕で観察し、さらに細菌学的手法を用いて 87%の被験歯に細菌侵入を認めたと報告している。また藤保ら(1992) 参考文献 12)は、 失活歯を用いた実験で、SEMと光顕で観察した結果、根面性状,部位,ブラッシングの状態に 係わらず104試験片中7試験片に象牙細管内への細菌侵入を認めたと報告している。 Langelandら(1974) 参考文献 13)は、歯周疾患罹患抜去歯60歯を組織学的に検索し、5歯に歯根象牙質 への細菌侵入を認め、その全てに脱灰があったと報告している。更に、根岸ら(1992) 参考文献 14,15) の歯周疾患罹患象牙質を用いたヒト歯肉繊維芽細胞の増殖実験では、高度な歯周病に罹患し、 長期間口腔内やポッケト内に露出した根面では、セメント質が存在し象牙質を覆っていても、 象牙質の内部に付着を阻害するエンドトキシンや細菌が侵入している可能性があり、 このような場合、現在の治療法では歯周組織を付着させるのは困難であると述べている。

 歯周疾患の外科的処置により積極的に歯冠側で新付着を得るためには、大きく分けて2つの 治療法がある。即ち、1つは、歯肉付着にとって良好な根面性状を得るための根面処理であり、 他の1つは、歯根膜由来細胞を選択的に根面上に再集積させようとするものである。 北村ら(1991) 参考文献 16)は、選択的細胞誘導下での種々な根面処理に対する新付着に関する研究を行い、 結論として、新生セメント質形成量ならびに新生骨形成量は、 根面性状による創傷治癒程度の差によって決定されると報告している。

 しかし、現実に存在する根面処理の方法としては、ルートプレーニングを初めとする 機械的なセメント質および一部象牙質削合と研磨、それとクエン酸等による薬剤処理であるが、 象牙質の脱灰や象牙細管への細菌侵入が確認されている現状では、不十分な処置であるように 思われる。抜髄や加齢に伴う象牙質の石灰化が、歯周疾患進行による細菌の侵入や脱灰による 生体にとって異物と認識される変質(異物化)を防御している可能性を考慮するならば 参考文献 17)、 ハードレーザー照射等による新しい根面処理方法が確立されることを強く希望する。


結論
 本研究の結果、歯周疾患の進行および治癒に歯質とりわけ象牙質の性状が関与している 可能性を示した。


本論文の詳細は、 1993年 6月24日 第11回兵庫県歯科医学大会, 1994年 4月21〜22日 第37回春期日本歯周病学会 において発表した。
文献
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