歯槽骨破壊のメカニズムに、再生の鍵が潜んでいる。

歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響 \

歯槽骨の破壊

日本歯周病学会認定医
姫路市開業:河田 克之

 歯槽骨を破壊する疾患の代表的なものとして第一に歯周疾患が挙げられるが、それ以外にも 歯牙破折、根尖病巣、インプラントの失敗なども考えられる。これら歯槽骨を破壊する現象には、 共通するメカニズムが存在するものと思われる。そこで、今回日常臨床の中から具体的な例を取り 上げて考察したいと思う。


1 歯牙破折 

 歯牙破折には、歯頚部付近の小さな破折から根尖部付近に至る大きな破折まで様々であるが、 今回は比較的小さな破折を例に考えてみたい。歯槽骨の破壊を招くまで放置する事は比較的稀では あるが、注目すべき点は破折片を除去すれば消炎し歯槽骨の回復する可能性がある事である。 これは髄床底穿孔の場合も同様でヘミセクションやセパレーションする事により消炎する。 これらの事実は、細菌が侵入したとか細菌の侵入路ができたからと言う理由では説明ができない。 破折片除去後やヘミセクション,セパレーション後も細菌は存在するし侵入が可能だからである。

医療の原点は、あくまでも原因の除去である。症状が治癒すると言う事は、とりもなおさず原因が 除去、或は排除できたものと考えられる。それともう1つ、生体はありとあらゆる非自己(異物) に対してアレルギー反応を起こす事実である1)。 この2つの原則を当てはめて考えると、破折線上、或は穿孔部に貯留した汚物(異物)が排除された 事が最大の理由ではないかと考えられる。従って 骨破壊の原因がそこに存在する汚物(異物)であると推測される。


2 根尖病巣

根尖病巣の場合は、汚物(異物)の存在が明白である。 反対に細菌の侵入等考えられない症例も多く見受けられる。ここで注目したいのは根尖部の 閉鎖現象である。これも生体の基本的反応の1つであり、嚢胞等に見られる異物に対する被胞化に よる防衛反応と同様の反応である。これには、生体の抵抗力が大きく関わっていると思われるが、 石灰化を促進して汚物(異物)を封入,無毒化するところが、歯牙独特の反応であるかもしれない。

根尖病巣に対する最も有効な治療法が、根管内の汚物の除去である事は周知の事実である。 これには、排膿路の確保と考え方も有るが基本はあくまでも根管内汚物(異物)の除去である。 そして破壊された根尖部の骨破壊に有効な手段は、親和性が比較的良好とされるガッタパーチャーと シーラーによる死腔の閉鎖 である。死腔の閉鎖は、治療医学的に基本的操作である事も 周知の事実である。その理由は、死腔内に貯留した血液,体液等が腐敗し新たな感染源(異物)と なるからである。 綿密に封鎖したはずの根管治療が後日再発する ケースの多くは、シーラーに混入した血液等の腐敗による。


3 インプラント人工歯根)

 インプラントによる歯槽骨破壊には、植立直後に見られる免疫拒絶反応的破壊と長期経過観察の 結果確認される遅延型とも言える破壊があり種々の要因が関与していると思われるが、基本的な メカニズムは同じはずである。しかし、植立するインプラント体の種類により弱冠の相違が認めら れるのでその種類と形態毎に検証してゆきたいと思う。

a ハイドロキシアパタイト(HAP)顆粒

図1.HAP,抜歯窩補填後1年6ヵ月
    1987年10月19日.
    40歳 女性

図2. 抜歯窩中心部組織標本 x10
周辺部の骨再生を認めるが中心部では
骨密度が低い

図3.5│術前 1986年11月27日
   根管治療+根尖掻爬+HAP
   50歳 女性
図4.術後1年 1988年1月20日
   4│予後不良による再Ope時
   5│根尖部では骨再生を確認
図5.再手術時 1988年1月13日
前回の手術が成功した5│根尖部では
アパタイトを取り込んだ骨の再生が
認められる
図6.7│術前 1988年7月18日
   近心3壁性骨欠損 Fop+HAP
   46歳 男性
図7.術後2ヵ月 1988年9月12日
予後不良のため、根管治療施行
図8.術後4年6ヵ月 1993年1月25日
根管治療後、炎症症状も治まり歯槽骨の
再生も認められる

カルシウムとリンを主成分とした無機質100%で多孔質の顆粒状骨補填材である。 人骨成分に近く親和性に優れた材質で、骨伝導能を有するとされている。インプラント体としても 高い評価があるが、強度に問題があり現状では敬遠されている。

骨補填材として臨床応用した際の特徴は、親和性に優れ、骨の再生が可能な条件の下ではそれを 阻害しない点である。具体的に例を挙げると、抜歯窩(図1,2)や根管治療後の根尖病巣 (図3〜5)に於いては、アパタイトを取り込んだ骨の再生が認められる。 これは、抜歯或は根管治療により原因が完全に除去され、アパタイトの使用無しでも骨の再生が 可能な状況であると考えられる。

(図6〜8)は、当初歯周疾患による3壁性骨欠損 と考え、歯周外科処置(Fop+HAP)を行った症例である。しかし、予想に反し術後の経過が悪く、 2カ月後に根管治療の不備を疑い再治療した 結果良好な予後(骨再生)を得ている。これらの症例から、 骨破壊の原因が排除されれば骨が再生され、 骨破壊の原因が完全に排除されない限り骨再生はない事が分かる。

顆粒状の多孔質アパタイトを移植した際に認められるもう1つの現象に、アパタイトの排出がある。 この排出には、術直後に見られる即時型と数年後に見られる遅延型とがある。生体には、異物を 貪食する作用と排斥する作用がある。親和性の良好なはずのアパタイトが排斥させる理由として 考えられる最大の理由は、“死腔”の存在である。つまり、多孔質の“孔”部分が死腔となり汚物 の貯留場所となり、生体にとって異物と認識されたアパタイト顆粒が排出されたものと考えられる。

b アパタイトコーティングタイプのインプラント

図9.「67部術直後 1988年6月27日
   「6は術後1ヵ月に除去
   46歳 男性
図10.術後3年 1991年6月17日

  骨欠損を伴う強い炎症のため、
  「7も除去

アパタイトの親和性に着目し、その強度を補うべく開発されたインプラントであるが、 その基本は顆粒状アパタイトの集合体、つまりブロックタイプのアパタイトと同様である。

顆粒状アパタイトが汚染された場合、その汚染された部分だけが排出されるのに対し、 ブロック状では排出されることなくその場に留まり、汚染区域を拡大し周囲に強い炎症を引き起こす (図9,10)

従って、宿主の抵抗力に依存する比率が高く、時には、貪食現象の見られる 場合(図11,12)もある。勿論、全ての症例が汚染され失敗に終わるとは限らない (図13,14)、このタイプのインプラントの特徴は、成功した場合非常に強い支持能力を 有する点にある。

この強い支持能力の源が素材本来の持つ親和性に依存しているで有ろう事は、他の素材との比較から 推測できる。

図11.6│ 術後4年 1992年3月6日
アパタイト・コーティングタイプ
インプラント
  32歳 女性
図12. 術後7年 1995年1月20日

骨植は堅固ではあるが、表面アパ
タイトの吸収を認める

図13.術後2ヵ月 1988年3月14日
アパタイト・コーティングタイプ
インプラント
  50歳 女性
図14.術後7年 1995年5月1日

   炎症・同様等無く予後良好

図15.「6術後3ヵ月 1988年3月18日
「345 Fop+HAP、「6 インプラント
  55歳 女性
図16.術後6年 1993年12月8日
フルブリッジにて連結固定。人工
歯根の沈下も無く予後良好
c バイオセラム

酸化アルミナを主成分とした単結晶のインプラント体で、強度,親和性に優れた人工歯根として かつて注目された素材である。多くの臨床実績から厚い信頼を得、使い方を熟知すれば十分臨床に 応用可能な素材の1つである(図15,16)。しかし、近年指摘されているように、 インプラント体周辺に出現するクリアゾーンとインプラント体の沈下は、この素材の限界を 暗示している。

すなわち、 親和性の限界が、クリアゾーン(上皮性組織による被胞化)を招き、支持能力の低下が沈下を引き 起こしていると考えられる (図17〜20)

図17.76│術後1年 1990年1月26日
   バイオセラム(酸化アルミナ)
   59歳(手術時) 女性
図18.FE5CBA│ブリッジ装着時
   1989年5月8日
21間に空隙はない
図19.術後6年 1994年11月17日
人工歯根周囲にクリアゾーンがあり、
動揺と沈下を認める
図20. 術後6年 1995年2月3日
インプラント体沈下に伴い、21間
の離開が認められる

図21.術後4年 1994年12月25日
負担過重によるインプラント体の
破折(│3)と骨破壊
d チタン

 単体の金属としては、最も親和性に優れた素材であり他の素材に比べ加工が容易であることから 様々な形態と術式を可能とし最も注目されている素材である。

親和性そのものは、前述のバイオセラムより若干良好であると思われるが、限界を越えた負担は 骨の破壊を招く(図21)

この素材の限界を、形態と術式で補っているのが現状のようである。

e 他家移植
図22.移植直後 1990年3月8日
   「7 他家移植
   61歳 女性
図23.移植後1年 1991年4月16日
歯頚部付近の歯槽骨も再生し、動揺も
なく予後良好
図24.移植後3年 1993年2月17日
根尖部から始まった歯根吸収が分岐部
までおよび排膿が著明
図25.移植直後 1989年6月23日
   5」 他家移植
   60歳 女性
図26.術後5年 1994年2月21日
歯頚部では骨の再生が認められ、
歯根の吸収もなく予後良好

 智歯,過剰歯,或は矯正のために抜去した健全歯に根管治療を施した後、洗浄し免疫処理した後冷凍保存したものを必要に応じ移植歯として利用している。いかなる条件でもほぼ100%成功するとされているが、反面多くの場合、歯根吸収等により5年後には使用不能となる。臨床応用の可否はさて置き、歯槽骨の再生と破壊を考えた場合非常に興味深く、且つ避けて通ることのできない事実を秘めている。

他家移植の第1の特徴は、手術,術後の管理,移植床の状態,ブラッシング状況にほとんど影響されることなく1年後までに移植歯周辺の骨再生が完成する点である(図22〜24)。免疫処理剤の作用機序は、企業秘密であるために不明ではあるが、移植歯に存在する有機質の抗原性の抑制であると考えられる。何れにせよ、抗原性を抑制した歯の周辺では炎症も無く、歯槽骨の再生が起こることは事実である。

 第2の特徴として、移植後1年を越えると移植歯は根尖部付近から吸収が始まり、続いて周囲に炎症を起こし、再び歯槽骨の吸収を惹起する点である(図24)。この現象を細菌の存在や侵入によって説明することは不可能である。口腔内には、常に細菌が存在するし、術後1年以内の方が侵入し易いからである。この事実に関連してもう1点。同一口腔内に他家移植を行ってもその予後は必ずしも同じではない(図25,26)。多くの症例が術後5年を目安に、歯根の吸収を伴う歯槽骨の破壊により脱落する中にあって稀に良好なケースがある。この良好なケースに共通する要因は、移植した歯の年齢が高いことであるように思われる。即ち、移植歯の早期歯根吸収の原因は、移植歯として用いる歯の多くが、象牙質中に多くの有機質を含む若年者の歯であことに起因すると思われる。これらについては、後述の自家移植とも関連しているので合わせて考察する。

f 自家移植(再植)

図27.1」再植 1981年5月28日
   15歳 男性
図28.術後6年 1987年7月27日
根尖部に吸収が認められるものの
臨床上予後良好
図29.術後14年 1995年3月29日
根尖部の吸収が一段と進行してい
るが、動揺もなく予後良好

 自家移植は、根未完成歯と根完成歯の移植に大別される。生理的機能を営む根未完成歯と抜髄した根完成歯では若干メカニズムが異なる。その最大の違いは、象牙質中の有機質を含めて歯髄や歯周組織が“生きている”点である。歯髄がうまく生着した場合には他の生活歯同様に機能を営み、歯髄が腐敗すると感染根管歯同様に炎症を起こし周囲の骨を破壊する。

 一方、根完成歯の移植は、付着する有機質に抗原性の無いことから免疫処理を施す必要が無い。他家移植に比べ、一般に予後が良好と思われているが歯根吸収により歯槽骨が破壊に至る経過は他家移植と同様である(図2729。しかも、歯周疾患罹患歯、或は罹患部分が移植に適さない点は他家移植と全く同様である。

 一旦、歯槽骨が再生された後に再び歯槽骨が破壊される現象は、多孔性のアパタイトでも認められた。その原因は、親和性の変化によるものと思われる。即ち、歯根(象牙質)内の有機質変化(腐敗)によると推察される。歯周疾患罹患歯、或は罹患部分が移植に適さない理由も、同様に歯根内の有機質変化(腐敗)によるものと推察される。


 まとめ

 歯槽骨の破壊が、炎症の産物であることに異論はないようである。その炎症の強さが、細菌の種類や数、或は宿主の抵抗力等に左右されることも事実である。しかし、歯槽骨を破壊する疾患に共通する見逃してはならない重要な事実がある。それは、生体内において炎症が起こる場所(部位)には必ず“異物”が存在することと、存在する“異物”の周辺にアレルギー反応が認められる事実である。

 同一口腔内において炎症の程度に差が認められる場合、宿主の抵抗力や細菌の種類よりむしろ局所に存在する異物性の強さに原因があると思われる。


考察

 消炎療法において、局所の消毒や薬物療法の重要性は改めて述べるまでもない。しかし、第一義的に対処すべきは原因の除去である。歯周疾患の治療においても、除石により歯肉の炎症が治まることは周知の事実である。嘗て、歯石が歯周疾患の原因とされ、壊死セメント質を含む徹底的な除石の試みられた時代があった。その結果、歯肉の消炎効果は認められたものの歯槽骨や歯周組織の回復には至らぬばかりか、強度の知覚過敏を引き起こし返って症状を悪化させる症例もあり、徹底的な除石は敬遠される傾向にある。

 知覚過敏の原因が象牙細管内の有機質変質(腐敗)による歯髄の炎症であるとすれば2)、腐敗した象牙質は周囲の歯周組織に対しても抗原となり炎症を引き起こす。一方、壊死セメント質を含む徹底的な除石は、象牙細管の開口を招き内部の有機質を腐敗へと導く。移植歯の石灰化程度の差が予後を左右している可能性については既に指摘した通りであるが、若年者の歯や有髄歯の歯周疾患(骨破壊)進行が著名である3)理由も、象牙質中の有機質の多さに由来している可能性も考えられる。

 歯周疾患は、壊死セメント質を除去しても治癒しない反面、抜歯すれば治癒すると言われている。この事実からも原因がその中間、つまり象牙質に存在している可能性が伺われる。


結論

 歯科領域には、様々の歯槽骨を破壊する疾患が存在する。それらに共通する原因として、“異物”の存在が考えられる。“異物”の特定と除去がより有効な治療法の確立につながるものと考えられる。

 


参考文献

1)鈴木正二編:医学大辞典(第7版),南山堂出版,東京,1976,139.

2)河田克之:歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響 V,知覚過敏,姫路市歯科医師会会報:27〜30,1995.

3)河田克之:歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響,明海大学歯学部同窓会兵庫県支部創立10周年記念誌:13〜17,1993.

 


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