さらば歯周病
河田氏の“診療”時間はl日わずか3時間。
他の時間は患者との対話にー
さらば歯周病
さらば歯周病
Foresight Style
INTERVIEW 河田克之
フォーサイト 2004.11/20-12/17 100 11月20日発売
聞き手:中川 一徳  ●ジャーナリスト



本当に歯周病を防ぐには

「歯磨きだけでは、歯周病(歯槽膿漏)を防ぐことはできません。 ところが、いまだに歯磨き至上主義の“信仰”が歯学界や学校教育でまかり通っています」

 こう警鐘を鳴らすのは、兵庫県姫路市で歯科医院を開業する河田克之氏。先頃、二十年余 りの臨床経験を元に、いまや国民病ともいわれる歯周病の実態を知らしめ誤解を正すために、 入門書(『さらば歯周病』新潮新書)を上梓した。「歯 周病は十代後半からはじまって年齢とともに進行、六十歳以上ではほとんどの人にみられま す。虫歯と並んで歯の喪失原因の半分を占めるのに、有効な治療法は確立されていません。 原因とメカニズムも実はまだ特定されていませんが、私はこう考えています。唾液などから 発生した歯石が、歯にこびりつく。歯と歯肉に挟まった歯石は、いわばトゲのように歯肉を 刺激し炎症を引き起こすことから病状が始まります」
 炎症によって口の中に通常存在する細菌が増殖、さらに炎症を拡大する連鎖反応を招き、 やがて歯を支える歯槽骨(しそうこつ)の破壊に至り、歯が抜け落ちてしまう。痛みなどを 覚えた時はすでに手遅れのことが多く、若いうちから総入れ歯という最悪の事態も珍しくな い。
 原理的には、歯石と細菌が存在しなければ歯周病は防げる。だが細菌説が重視されすぎた 結果が歯磨き信仰へとつながり、歯石の害が軽視されることになった。「口の中をできるだ け滅菌すればよいという対処法が歯磨きですが、完全な殺菌は不可能だし戦う相手が細菌と いう考え方は正しくない。むしろ、細菌が暴れ出す引き金である歯石を除去すれば、歯周病 は発症しないのではないか」

 大学卒業後、しばらく研究室で歯槽骨の再生研究に取り組んだこともあって、早くから歯 周病対策の必要性を感じていた。三年後に開業、歯石除去の有効性を予感して実地に移した。
 歯肉の裏側に沈着した歯石は、普段の歯磨きで取ることはできない。開業まもなくから歯 石除去を担当する歯料衛生士を二人 (現在は六人)雇い、釆院者の全てに月一回の″メン テナンス″を地道に勧めるようになった。
 歯石除去は痛みを伴うこともあり嫌がったり怒り出す患者もいたのを、時には叱るように 説き伏せた。年月が経つにつれ、定期的に歯石除去を施した人は歯周病にかからないという 臨床データが累積した。「八十歳で自歯を二十本残す」というのが行政が掲げる遠い目標だ が、河田医院では入十歳以上の思者の半数が達成している。
 一方、その過程は、歯科の常識や行政との闘争でもあった。「歯を磨かないと虫歯になる」 という幼少期からの脅し、刷り込みは、逆に丹念に磨きさえすれば歯を守れるという強力な 神話を生んだ。研究手投を持たない開業医にとって、神話を崩し自説を証明する武器は、ひ とえに二十余年をかけて集めた臨床成果であった。

「当時、歯石除去を系統だててやる歯科医は稀だったが、二十年以上続けたおかげで歯周病 予防に極めて有効であることが証明できたと思います。また、どれだけ念入りに歯磨きをし ても、歯石を取ることができない以上、歯周病には無効であることも確信しました」。保険 制度もまた、神話と並んで立ちはだかったカベである。「初診以外の歯石除去には保険がき かず、その分は無報酬でやってきた。ようやく毎月の歯石除去に保険が適用されるようにな ったのは二年前のことです。しかし、面倒な規則や保険審査時のイジメのような指導が多く、 有効性をわかっていても敬遠する開業医が多いのが実状です」
 いまでも系統だった「歯のメンテナンス」をやるのは、およそ六万人の開業歯科医のうち 一割に過ぎない。そのせいもあって、氏の患者千五百人の半分は市外から。評判を聞きつけ て北海道から鹿児島まで全国から訪れる。
 河田氏は歯科界の“異端児”を自認する。歯科医業界といえば、先頃の自民党へのヤミ献 金事件に見られた通り、保険点数の引き上げといった利益誘導ばかりが目に付くのも現実だ。 翻って、氏が語る歯科医の未来像は先鋭的だ。「保険適用の考え方も、治療に手厚い現行の あり方から、予防を重視する制度に変えていくべきです。そうなれば、結果的に保険医療費 も大幅に圧縮できると思う。究極の理想は、治療行為者としての歯科医が不要となり、医療 コーディネーターになることですね」


1953年山口県生れ。城西歯科大学(現・明海大学)卒業。
岡山大学医学部口腔外科学教室を経て、1981年、姫路市に河田歯科医院を開業。
同医院のホームぺ−ジには質問受付コーナーもある。