小泉 吉永 氏 著
「私の街の歯医者さん」 (株)ジャパンサイエンス 2000.9.20.発行
■歯科医療でのインターネット利用状況
欧米先進諸国に比べると日本の普及率は依然低いものの、インターネットの普及のスピードは
目覚ましい。1996年末に572万人だったインターネット・ユーザーは3年足らずで1655万人、約3
倍の勢いで膨張している。この趨勢だと2001年中に2000万人を超えるのは確実だ。
一方、1999年、シェア・テック鰍ェ全国の歯科医1168人を対象に行った調査によると、歯科医の
パソコン利用率は91.3%だった。一般のパソコン所有率約35%と単純に比較すると、歯科医は
2.6倍と高水準だ。また、歯科医のインターネット接続率も74.9%(近畿・九州では80%以上)と一
般世帯の46%を大きく上回る(*注2)。
このように、歯科医療における情報ネットワークは高度な進展ぶりを示すが、開業医にとってイ
ンターネット活用の筆頭にあげるべきはホームページによる情報発信であろう。
(家庭歯科医学辞典) |
実際、同サイトへの「質問受付コーナー」には多岐にわたる質問が寄せられる。「ミュータンス菌が
どうして公衆衛生の対象にならないのか」、あるいは「タバコのヤニはどうすればよいのか」といった
素朴な質問から、現在受けている治療に関する疑問や不満、あるいは診断を仰ぐケースなど様々だ。
これらを通じて痛感するのはインフォームド・コンセントの不足で、河田院長は「我々歯科医師は患
者さんに対して、現状の説明、将来の予測、治療の必然性と治療後の予測や費用などをより効率
よく伝える必要性がある」と話す。
例えば「歯槽膿漏」の治療や方法に対する不満も多く、「ブラッシングばかりで歯石を取ってくれな
い」「歯石を取るにしても期間が長い」等々の不満・不信、また「歯周疾患専門医を紹介して下さい」
といった切実な要望など、患者さんのニーズとかけ離れた歯科医院の実態が浮かび上がってきたと
いう。
河田歯科の場合、開設1年半でホームページによる来院患者は8名。知り合いの歯科医に問い
合わせると、ほぼ同じ期間で新宿区の医院で5名、同じく茨城県の医院で1名、青森県の医院で
ゼロという結果だった。ホームページが認知されるまでにはある程度の期間も必要であり、目覚
しい効果がすぐに出るとは言い難い。しかし、インターネットで歯科情報を検索すつ人々は着実に
増えていると思われる。
河田院長の調べでは、1998年7月現在でインターネット上にホームページを開設している歯科医
院は全国で約400件で、兵庫県下では6件程度だから、インターネット検索で通院可能な範囲の歯
科医院が見つかるとは限らない。それでも、インターネットで「良い歯医者」を探す人が少なくないの
は、現在の歯科医院に満足していない患者がいかに多いかを物語るものだ。
結局、歯科医院のホームページは集患に即効性があるのであろうか。
この点について、河田院長は「期待するほどの効果が得られないのが実状です。しかし、ホーム
ページを開設したために患者さんを減らすことは決してありませんから、マイナスにはなりません。
コンピュータの時代は幕を開けたばかりです。まず第一歩として、あまり多くを期待しないでステー
タスとしてのホームページを1人でも多く開設されることを願っています。そこに掲載される知識と
情報の集約が歯科医療の向上と社会に対する貢献につながることを確信しています」と語る。
このように、まずは自らの医院の存在を周知させる手段として、もう一つは歯科医の置かれてい
る状況や歯科医に対する市民のニーズを知る手段として、さらには正しい歯科情報を提供して地
域や国民のデンタルIQアップを図る手段として、ホームページによる情報発信は低コストでできる
有効な方法であり、21世紀の歯科医院が避けて通れないことだけは間違いない。
医療マーケティング研究所が強調するように、「過去を顧みると、医療機関はあまりにも情報の
提供に関して消極的でありすぎた。今後は、その点の反省も含め、より積極的な情報発信を心掛
けるべき時代」なのである(*注4)。
■インターネットと医療情報
開業医がホームページで提供する歯科情報としては、「歯科医院情報(診療科目・診療日・診療
方針・院長やスタッフ・施設・地図・求人募集等)」「歯科情報(傷病・治療・予防等の知識、Q&A)」
「患者等の投稿欄(掲示板)」「歯科関連機関情報(歯科医師会・学会・歯科関連学校・連携病院
等)」「歯科関連サイトのリンク集」「最新情報・地域情報」などが考えられる(*注5)。閲覧者を基
準にすると、施設案内を主とする「一般向け」情報と、論文などを掲載した「学術向け」情報の二つ
に大別できる。
いずれにしても、印刷物と違って常に最新情報の提供が可能で、電子メールなど双方向ネットワ
ークも大きなメリットがあるため、医療分野でのネット活用は拡大の一途を辿っている。
例えば 釧路市医師会は、ホームページで医師会
病院の診療科目、各担当医の紹介、各種検査(画像も掲示)の詳細のほか、医療機関への要望を
電子メールで受け付けるなど、積極的に活用している。
さて、このような組織的なホームページにしろ、開業医個人のホームページにしろ、いかなる情報
でも自由に流せるわけではない。言わずと知れた「広告規制」があるからだ。
■ホームページと広告規制
この点については、ほんだ歯科のホームページ「
インターネットと医療法について」が非常に参考になる(*注6)。
院長の本田俊一先生は、専門家と共に「インターネットと歯科医療」について2年にわたり研究し
ながら、インターネットの新しい活用法を模索してきた。懸賞論文を公募して広く一般から意見を募
ったこともある。インターネットの法的規制について、本田院長は次のように話す。
「まだ、歯科医療や、医療分野においてのインターネットの利用は始まったばかりで、医療監督機
関の指針もはっきりと明示されることもなく流動的です。従って、医療業界における野放し状態のイ
ンターネット活用方法についても、法的倫理規定や運用規定についての整備が待たれるところです」
。
以下、本田先生のコメントを援用しながら、この問題を整理してみよう。
【医療法の見解】
●広告の許容範囲
医療法第69条では、医療機関が行う広告の内容について厳しい制限を設けている。新聞やタウ
ンページの医療機関の広告を見て分かるように、広告規制で許されている内容は「医療機関名」
「診療科目」「診療時間」「電話」「住所」「地図」「入院施設の有無」「医師名」などである。
医療法で広告内容を制限するのは、情報が氾濫して患者が混乱しないためである。しかし、情
報源が限定されていた昔と違い、現在は多くの情報ソースがあることなどから、徐々に緩和の動
きがあり、平成10年8月の改正では「デイケア」等の広告が認められた。
●インターネットは「広告」か
それでは、インターネットによる宣伝は、医療法の「広告」に該当するのであろうか。
医療法でいう「広告」とは、メディアの形態によらず「不特定多数に知らせる」ものをいう。つまり、
新聞・雑誌・TV-CMや電車の車内広告のように見る(聞く)側の意思に関わらず伝えられるもの
を指す。
厚生省は、平成9年の「医療監視等講習会」の疑義応答の中で「インターネットホームページは
広告には該当しない」との判断を示した。ホームページは、利用者が自発的な意思によって検索し
て見るものという考え方である。
よって、「アトピー専門」「当院の胃カメラは痛くありません」「今なら初診料半額」「就職前に歯を白く
しましょう」といった、一般の広告では認められない情報でもホームページに掲載しても構わないと
いうことになる。
●バナー広告は曖昧、掲示板やメールも要注意
しかし、「バナー広告」については判断を濁している。「バナー広告」とは、その医療機関とは無関
係なホームページの一部に、小さなスペースを借りて簡単なPRを行うもの。興味を持った人がそこ
をクリックすると、医療機関のホームページにリンクするもので、インターネットでは一般的な広告
手段だ。
例えば、Yahooなどの「不特定多数が見る」ページに、広告規制以外のことを書いたバナーを出す
のは問題だし、バナー自体に問題がなくても、そこをクリックすれば「数回で、真っ白い歯をあなた
に」というホームページにリンクしているようだとまずい。
この解釈を延長すれば、掲示板に広告規制以外の事を書き込んだり、そういったホームページ
の閲覧を促すのは違反になるし、無作為にメールを出す場合も広告規制の内容のみが認
められることになる。
また、広告違反にならないからと言っても、内容に虚偽があればJAROなどに叱られることにな
るし、患者側から訴えられた場合に不利になる。
ちなみに厚生省は、医療法における解釈を平成9年4月に行っている。厚生省は「バーナー」
などの専門用語を使用しているうえ、「美容医療等に係わる医療機関に対する対応等について」
(平成10年9月)という通知資料にも、ある美容外科のホームページにヘアヌードが掲載されて
いる旨も記載している。
従って、今後、インターネットで広告活動を考えている人は「厚生省を甘く見ないほうが良い」
と本田院長は警告する。
同様に「しんきとしゆき」氏も、インターネットの最も有効な活用法として「患者への症例プレゼン
テーション」を挙げ次のように話す(*注8)。
「X線画像や、治療術式のビデオ画像もホームページ上に展開できるため、スライドのみよりも説
得力がある。特に高品位な診断画像や動画データの共有化はとても素晴らしいことだと思う。
このプレゼンテーションと電子メールの応用形であるメーリングリスト(電子会議室が擬似的に実
現できる)を併用すると、電子症例検討会のようなものもできる。(中略)
さらに症例プレゼンテーションにチュートリアルをつければ、歯科学生にとっては活きた資料とな
るに違いない。
つい先程、インターネットのホームページで、開業歯科医が顎関節症についてX線画像を交えて分
かりやすく説明しているのを見つけた。これは患者さんに対するインフォームド・コンセントの基盤
になるものとして期待できるのではないだろうか」。
■インターネットは情報収集の基本ツール
医療情報の電子化や情報ネットワーク化が急速に進むが、その趨勢の中心は大学病院などであ
り、開業医分野でのとの格差はますます拡大し、後者が「情報過疎地」なり得る危惧を指摘するの
は高久隆範氏だ。その象徴ともいうべき事件がまさにO-157問題だったと高久氏は語る(*注9)。
「当時、O-157についての正確な情報が厚生省から提供されない中で、大阪市立大学病院は
インターネットのホームページを通して最新の治療情報を発信し続けた。(中略)この情報を入手
できた医療機関は最新の医療情報に基づいて対応することができた。しかしこの情報を入手でき
ない医療機関は、極めて不安な状態のまま治療を余儀なくされたのである」。
改めて調べてみると、インターネットで入手できる医療情報は無数にある。医学文献情報(図書
検索)、医薬情報(識別記号・薬効分類・薬剤名・製造メーカー・医薬添付文書・副作用情報等)、
医療画像(人体の細密画像、画像データベース等)、医療用マニュアル(医療手引書・救急用マニ
ュアル)、診断(症状・所見・検査異常値等による病名診断)、ネット医学実習(基礎・臨床等)、医
学辞書(医学かな漢字変換辞書、スペルチェック等)など実に多彩だ(*注10)。
■遠隔医療や学術研究への活用も
デジタルカメラで撮影した口腔内画像データを他地域の歯科医にインターネットで転送して診断す
るという遠隔医療の試みが始まっている(*注4)。
同様に、東京等の国公立病院がインターネットを利用して在宅患者を遠隔診断する実験も開始
されている。これは病院と家庭の双方にモニター画面装置・カメラ・テレビ電話装置・インターネット
端末等を設置して、動画や静止画像を見ながら診断したり、医師のアドバイスや患者の相談を電
子メールで送ったりする。
このような遠隔医療は、高齢者介護にも有効であり、将来の在宅医療の可能性を広げるものとし
て期待されている。
リアルタイムに情報(文字・絵・写真・動画・音声・プログラム)を送受信できるインターネットは、
臨床や研究にも大きなメリットをもたらす。例えば、長崎大学歯学部歯科矯正学講座で開発した
「矯正データ遠隔分析システム」により、世界中のどこからでも、いつでもホームページに掲げら
れた症例を見たり、検討したりすることが可能になった(*注11)。
また、インターネット接続プロバイダーとして新しい試みもある。「j-dent.com」のように、歯科に
特化したプロバイダー(インターネット接続業者)も登場し、新しいインターネット利用の道を模索
し始めている(*注12)。
以上のように、歯科を含む医療分野でのインターネットの活用は模索の域を出ていないが、着々
と進んでいるのもまた事実である。従って、電子メールで連絡が取れない、あるいはホームページ
も公開していない歯科医院が「淘汰」の対象になるのは、もはや時間の問題であろう。