河田 克之
・兵庫県開業
私の診療日記
技術進歩の恩恵
デンタルダイヤモンド  1999年 7月号掲載
私の診療日記
○月×日

 診療が終わって大急ぎで着替える。直木賞作家、笹倉 明氏と講演会打ち合わせの時間が 迫っています。それにしても胃が痛い、胃がキリキリ痛むってこのことかな? 健康に自信のある私には経験のない痛みです。打ち合わせが終わって酒宴の席に着く頃には、 座っているのも苦痛な状態で早々に引揚げるありさまでした。
 ありったけの胃薬を飲んだにもかかわらず、痛みはいっこうに治まりません。痛みの中心はあばら 骨に沿ってやや右寄り、肝臓かな? 2年前には正常だったのに、それならちょっと覚悟しなくては。 誰に診てもらおうかと色々考えながら眠れぬ一夜を過ごしました。


私の診療日記 ○月□日

 痛みをこらえて友達の外科医に電話で相談すると「それは胆石かな」とすぐに診断してくれ、 おまけに休日なのに診てくれるというのです。胆石といわれれば自分でも納得ができます。 それまでの胃薬に代えて抗生剤と鎮痛剤を飲むと症状は劇的に改善して気分もスッキリです。
 エコーによる診断の結果胆石と確定し、3日後の手術予定日を確保して翌日から入院することに なりました。ところが今日は日曜日、日にちがない! 急遽スタッフに出勤してもらって、診療内容 をチェックしてアポイントの変更を細かく指示たり、休診中の対応を説明する姿はとても病人とは 思えない張切りようです。今まで診療を休んだことのない私も、この時ばかりは代診を置いて いないことを悔やみました。来院される患者さんや電話の対応のために、入院中もスタッフ全員に 出勤してもらいます。手術の結果により退院の予定も変わりますので手術日以降の予約変更は、 手術直後に手配することにしました。「先生、本当に入院するのですか?」とスタッフのあきれ顔が 印象的。平然を装っていますが、そんな私に一番呆れかえっているのは私自身だったのではない でしょうか。


○月△日

 手術が終わって2日目。胆嚢全摘も腹腔鏡手術のおかげで痛みはほとんど治まっています。 アメリカでは、手術当日に退院する人もいると聞いていましたがさすがに当日は無理でした。 翌日なら退院は可能だったかもしれませんが、診療どころではありません。ところが2日目とも なると「これなら診療できるぞ」と思えるまでに回復するから不思議です。
 一昔前なら1ヵ月もかかる手術が、技術の進歩により負担が大幅に軽減されたのです。 「術後はおとなしく寝ていなさい」と言われるかと思っていたのに、「少々歩き回ったくらいが 回復も早くなります」と言われてこれまた驚きでした。暇な筈の入院生活も、ノート型パソコン のおかげで充実した生活に変貌しています。点滴中は、さすがにゲーム程度でしたが、両手が 使えるようになると原稿でも何でも書けます。気になる医院の様子は携帯電話でOK。


私の診療日記 ○月●日

 診療再開。あまりにも短い入院期間だったおかげで、入院給付金が出ないのは悔しいけれど 診療できることが何よりです。入退院が早かったのは、何よりも友人のおかげです。 それに、腹腔鏡手術が保険に導入されていたことで、かけがいのない恩恵に預かりました。 それにひきかえ我々の業界ではここ数十年新しい技術って導入されているのかしら?  材料の進歩に伴う恩恵はあるけれど、技術面では皆無に等しい状態です。インプラントは 無論のこと、歯牙の自家移植は何十年前から検討中のまま。自費では治療可能だけれど、 やはり保険で認められないとそれ以上の発展は見込めないだろうなと思いつつ、いつもながら の診療を始めました。「もう大丈夫ですか?」と患者さんに聞かれるたびに、事の発端から解説 を交えてしゃべるのが苦痛な一日でした。「また、同じこと言ってる」と思われているのでは?と スタッフの眼も気になります。
 短い入院生活でしたが、患者の立場で医療現場を見た経験はとても有意義でした。患者同士 の話は、医師や看護婦の対応の悪さに対する不満がおもな内容でしたが、その中には保険療 養規則上やむをえないことが多く含まれています。患者さんの要望に応えるのが仁術とするならば、 仁術をまっとうする上で規則が大きな障害となっている部分が多いことを痛感。スタッフ教育を 含めて、もう一度考え直さなっくっちゃ。