バブルの終わり頃、私の街にもブラジルをはじめとした多数の南米の人たちが住んでいらっし
ゃいました。休みの日には、近くの公園でサッカーをする姿に思わずココは南米かと錯覚するよ
うな光景を記憶しています。仕事が終わる5時過ぎには、待合室が南米色に変わってしまいます。
待合室から聞こえてくる陽気なおしゃべりの声は、まさにサンバのリズムそのものです。
にわかに覚えた言葉で、身振り・手振りや絵を加えてコミュニケーションを図ります。それぞ
れ日本の保険証を持っていらっしゃいますので、治療そのものには随分積極的でした。ご多分に
漏れず奥歯には随所に欠損がありますが、ブリッジにすることには積極的で説明の労力はかかり
ません。
日本の物価が高いとはいえ、1割負担だった当時の保険治療は彼らにとって安く感じたのかも
しれません。通訳の人の話では、むこうではとても高くてまともな歯科治療が受けられないので
日本にいる間に極力治して上げてくださいということでした。治療を終えて装着した銀歯を仲間
に見せていたのがとても印象的でした。
そんな奥歯に比べて印象的なのが前歯です。「この歯をプラスティック(レジン)で治して下
さい」と言われるわけですが、その前歯って、すでにレジンが詰められておりつぎはぎだらけな
のです。日本ならとっくに神経をとって何らかの補綴(ほてつ)処置が施されているはずです。
それでも執念というか抜くわけでもなく、神経を取っているわけでもなくかろうじて天然歯牙
のまま保存されています。「このまま詰めるのは無理だから、神経をとって被せましょう」と
言っても余程でない限り同意を取り付けることができません。何しろ言葉が不十分ですので、
詳しい説明ができません。ついつい要望通り無理やりレジンを詰めて治療を終了します。
治療が終わって、更につぎはぎだらけになった歯を鏡でみながら、満足そうにOKサインを
だす笑顔に、思わずこちらもニッコリ微笑でしまいます。