絶対忘れてはいけないことは、確実、かつ綿密な根管充填を行うことです。
脱落した歯牙

日付、時間:2003年6月4日 19:21 氏名: T.Y   
所在都道府県:  東京  職 業:  歯科大学生  年 齢: 26歳      性別: male 

脱落した歯牙 質問:
 はじめまして。本日初めて先生のHPを見せていただきました。特に抗原抗体反応による 炎症が歯周疾患の主たる要因であるというお話はとても興味深く読ませて頂きました。
また、経験的に言われている、カリエスの多い人はペリオになりにくいといった話もこれま では個人特有の常在細菌巣の違いによるものだと信じて疑いませんでしたが、また別の見方 もあるのだと知ることが出来ました。
自分がどちらの要因を重く捉えるかは、まだ勉強不足でなんとも言えませんが、有髄と無髄と いう別の観点の存在を知る事が出来たことに、感謝しております。

そこで、ひとつ質問があります。外傷により脱落した歯牙の再植についてです。 口腔外科の授業中には、このような連絡を受けた際の対応として
1、牛乳に浸して来院してもらう
2、患者さんの口腔内で唾液に浸して来院してもらう
という事が述べられていました。

この目的としては浸透圧の一致による歯根膜組織細胞の保護。無菌(新品の牛乳)あるいは 歯牙が生理的状態にあったときの細菌巣に似た状態(患者の口腔内)で細菌感染のリスクを 減らすということでした。生理食塩水があればそれに越した事はないとも言われていました。
 また、患者さんが小児の場合には誤嚥や気管迷入の危険性があるため2の方法はすすめられ ないということも授業で述べられていました。そこでひとつ疑問に思ったことがありまして 「お母さんが咥えてきたらどうかな?」ということでした。
浸透圧は大丈夫でしょうし、
細菌巣も親子ならある程度似通っているでしょうし・・
問題は生食による洗浄を経た後に残留した母親の蛋白質に対して抗原抗体反応が発生するかど うかかな?
このように考え教官にこの質問をしてみたところ(ヘンな奴だと思われたでしょう(笑) 「そりゃ思いつかなかった。多分大丈夫なんじゃない?(苦笑)」といったお返事でした。
では開業医の先生はどうなのだろうと考えとある先生にお会いしたときにお伺いしてみたところ 「水道水でも平気だよ。乾燥させなくて時間さえ経っていなければ。」というお答えでした。

なにが正解なのかといったことは最終的には自分で見つけるしかない分野だと思っておりますが 先生の考え方や「臨床ではこうしているよ」といったことをお伺いできれば嬉しく思います。
お忙しいところ、ここまで稚拙な文章を読んで頂き、ありがとうございました。 文章中に適切でない表現や専門用語があれば御容赦ください。では、失礼いたします。

回答  生体の基本的な仕組みとして
@ 自己の構成成分以外のあらゆる物質を異物とみなす
A 多少の異物は許容する
という2点を頭に描いてください。ご存知のように口から肛門に至る食堂は、医学的には体外 ですので、そこを通過する食物は異物であっても異物とみなしません。そして3番目として重 要なことは、元々自己の構成成分であっても、腐ったり変質したものは異物と認識されるとい うことです。

 解答が導けましたでしょうか。再植は元々自分の体の一部ですから基本的には拒絶反応もな く、必ず成功するはずのものです。ところが、変質や腐敗が著しいと異物とみなされて拒絶反応 を起こしてしまいますので、極力早く、変質や腐敗が進む前に移植しやる必要があります。
 汚れが付いたまま、下手に乾燥させてしまうと条件は悪化してしまいます。生理食塩水や牛乳・ 唾液…何でも良いからできるだけ乾燥させないで清潔に!!
お母さんが咥えてきたって構わない。そのまま紙に包んできても大丈夫なんだから。細菌?そん なものは変質や腐敗による異物性に比べれば軽いもの。多少の異物は許容する能力は通常の人間 なら備えていますから。しかも、移植床である口腔内には、それに負けないくらいの細菌が生息 しています。

 まぁまぁ、条件ができるだけ整っていることが理想ですが、お母さんが咥えてくることは絶対 ないでしょう。その機転が利くくらいなら食塩水か水道水に浸して持ってくるでしょう。開業以 来25年経ちますが、脱臼で歯をもってきたのが2〜3回。全部紙かサランラップに包んで持って きました。それでも全部成功していますが、歯科医として絶対忘れてはいけないことは、確実、 かつ綿密な根管充填を行うことです。一度切断された歯髄は絶対回復しませんので、そのまま 再植すれば歯髄が腐って最大の異物となって必ず失敗するはずです。


返信:2003年6月5日 0:44
 突然の質問に対する的確で丁寧な御回答を頂き、ありがとうございました。
自分の考え方が「木を見て森を見ず」だったことにはっきりと気付かされました。教科書や授 業では数々の条件や要因が述べられているものの、その一つ一つがどれほど重要なのかという 事を考えないままにずれた考えをしてしまった自分の理解力不足でした。
 この場合は「時間」が他の要因に対して最も重要になるのですね。自分が屁理屈をこねてい たようで恥ずかしく感じます。脱臼は25年開業されていて3例ほどの頻度なのですね。 このことも驚きでした。まわりでよく聞く話だというだけでたいした根拠もなく年に1.2例 はある症例かと思っていました。

>歯科医として絶対忘れてはいけないことは、確実、かつ綿密な根管充填を行うことです。一度 切断された歯髄は絶対回復しませんので、そのまま再植すれば歯髄が腐って最大の異物となって 必ず失敗するはずです。

はい。肝に銘じておきます。このような稚拙な質問に対し、お忙しい中、先生の貴重なお時間 を割いていただき大変感謝しております。ありがとうございました。