最善を尽くした結果ですので、今更逆らうこともないのではないでしょうか。
脱臼した歯

日付、時間:2003年11月26日 15:31   氏名:  ゆり  
所在都道府県: 大阪    職 業:  学生  年 齢: 8歳      性別: female 

脱臼した歯 質問:
 はじめてご質問させていただきます。
8才の女の子ですが、2ヶ月半前(9/15)事故で上の中切歯(永久歯)1本が抜けてしまいその 横の中切歯は亜脱臼になってしまいました。病院で頭などの検査後、事故から3時間経ってか ら歯医者さんで抜けた歯と脱臼の歯を元に戻してもらい、抜髄し、今はくっついていますが、 歯医者さんのお話では、抜けてしまった方の歯に歯根膜がないとのことで5年後くらいには骨 に吸収されて抜けてしまうと言われました(音でわかると言っておられました)。なにか良い 方法はないものかと、あちこちで探しておりましたら、ある先生より以下のような回答をいた だきました。

 「日本では一般的ではないですが、脱臼して時間が経ち歯根膜が死んでしまっている場合は、 あえてそれを剥離し、フッ素に浸してから植えると吸収がしにくい、ないししない、とも言わ れます。デンマークの外傷専門の歯科医の講演で聴いたことがあります。 まだ2ヶ月ですか ら根の吸収は開始されていませんが、その前段階の骨癒着は起きていると思います。その場合 は、あえて亜脱臼させると良いそうです。抜歯鉗子で挟んでひねるのです。もちろん固定はし ます。あるいは抜歯してしまって、アパタイト顆粒を少し入れてから再植します。すると歯根 膜が再生することがあります。…と言っても信用しない先生が多いと思いますが。これらが成 功すればその歯は吸収されずずっと持ちます。…が、実際に行うとするとリスクもあります。 もし失敗したらどう対処するか…ですが、多分悪くてもひとまずすぐ抜けるのではなくやはり 2年で脱落…と思います。」

ですが、この方法はまだ一般的ではないとおっしゃっておられるので、どんなものなのか心配 です。河田先生はご存知でしょうか?試されたことはございますか?

 只今2本ともくっついて今までのように噛めるようになったと喜んでおりますときですので、 本当にこの方法をしてもよいものかどうか・・・失敗して今度はくっつかないなんてことがな いか・・・河田先生のご意見をぜひお聞きしたいと思いました。
最初事故後の処理をして下さった先生は2年で抜けるとおっしゃられましたが、只今通院してい る先生は5年で抜けると言われています。本当はどれくらいもつものなのでしょうか?
最初の先生は、くっつくのも難しいと言われましたが、今の先生はくっつくからもう少し待ち ましょうとおっしゃて下さり、その通りくっつきました。それなのに又抜いてくっつくものか どうか疑問です。最初の場合でもくっつかないこともあるのですか?
もう私たちの場合は、このままにしておくほうが良いのでしょうか?
心配でしょうがありませんので、よろしくお願いします。

回答  規格された工業製品と違い、種々雑多な諸条件が複雑に絡まった環境下で行なわれている医療 現場で、励ましも医療の一翼をになっている反面、うかつな発言が裁判沙汰を招くという不安定 さをご理解ください。色々な観点から述べられた助言は相反するものも多々ありますが、それら 全てが真実であるという認識を持たなければ正しい理解はできません。つまり、条件が規格され て同じであれば結果も同じ、もしくは同等です。しかし条件がわずかでも異なれば異なった結果 をもたらします。

 自家移植や再植を行なった場合、30年或いは生涯機能する歯もあります。これは歯根膜やセメ ント質に大きな損傷がなく幸運な治癒が営まれた場合です。これは、単純に歯の神経をとった歯 の寿命と同じです。根管治療の完成と抜髄後の歯質変化の程度によって、根尖病巣・歯根破折な どのリスクファクターによって寿命が決定されます。
 一方歯根膜や健全なセメント質を失った移植歯は、他家移植(他人の歯を移植)歯と同様、歯 根と周囲骨が直接結合する癒着という形態でもって一旦治癒します。その場合、前述の根管治療 の完成と抜髄後の歯質変化の程度に加えて象牙質の変質が新たなリスクファクターとして加わり ます。問題はこの象牙質の変質によるリスクファクターがどのようなものであって、どうすれば 克服できるかが寿命を大きく左右します。

 象牙質は65%の無機質と35%の有機質と水分で構成されています。この35%部分は歯(歯髄) の死によって変質(腐敗)してしまいます。自らの構成成分であったとしてもその腐敗した有機 質は、生体にとってはもはや腐った鶏肉同様異物と認識されてしまいます。生体内に存在する異 物に対しては、免疫反応により炎症を起こすとともにその異物を消去するために貪触(どんしょ く)といわれる防御反応が起こります。これが異物を含む歯根を吸収するという現象で、最終的に 歯が抜けるという結果をもたらします。この腐敗した有機質を人為的に排除して、全てを人畜無 害な無機質に変えることができれば歯根の吸収は起こりません。

 さてさて、“人畜無害な無機質に変える”有効?な手段がフッ素だとすれば、理論的には十分 納得のいく治療方法です。事実フッ素にはそのような作用を起こすべき力は存在していると思い ます。但し私はそれを実践したことがありません。私は今、フッ素以外の手法を用いて同様(以 上)の効果をもたらすべき素材(公表はできませんm(._.)m ペコッ)を模索中です。
 滅茶苦茶難しい話しになってしまいました。アパタイトには全く期待が持てませんが、フッ素 には結構期待が持てると思います。脱臼直後に歯根膜およびセメント質の壊死を判断して、行な う分には価値ある手法だと評価いたします。しかし、一旦治癒、もしくは癒着した今となって、 取るべき方法か否かについては大きな疑問が残ります。

 少なくとも再植は、全て?くっつきます。その自信があっても「絶対くっつきます」とは口が 裂けても言えません。固定の不備や新たな外力が加わればダメな場合が想定されるからです。 同じく、5年やそこらは機能するでしょう。でも体質や歯質によっては2年という事例もあります。 条件が揃えば30年・一生もあります。全て医師として最善を尽くした結果です。結果がどうあれ、 本来全て感謝されるべき行為ですが、現実の問題として結果如何で裁判に問われることにもなり かねないと思った時の説明がどうなるかは想像できるでしょう。
 以上は根管治療が完璧に行なわれていることが前提の心配事です。根管治療が不十分であれば、 全てが無になってしまいます。それ以外のことについてはその場の状況に応じて最善を尽くした 結果ですので、今更逆らうこともないのではないでしょうか。全てを無にする根管治療の対策を 考えておいた方が良いと思います。


返信:2003年11月28日 0:05
 早速の御返事ありがとうございました。とても詳しく、又ご丁寧にご説明して下さった事に、 大変感謝いたします。
読ませていただき、このままでいいのかという心の不安が消えていきました。先生のおっしゃる ように、これからは根管治療の対策を考えていこうと思いました。終わってしまった事よりも、 先のことですね。これからは、自分でも調べてたうえで、納得した治療をしていただかなくては と、今回のことで思い知りました。先生のような方が、普通にどこにでもいてくださればいいの ですが・・・。

 救急車で運ばれ、日赤病院に着き、たくさんの関係者(お医者さんや救急士、看護士さん)に、 歯の保存方法についてお聞きしたのにも関わらず、どなたも知らない、もう抜けた歯はもどらな いでしょうという感じで、結局歯が乾燥してしまったことに、無念と後悔の気持ちが消えません。 これから、もっと歯についての医療が重視され、進歩するのを期待しております。
河田先生、大変お忙しい中、本当にありがとうございました。 また、相談させていただくこともあると思いますが、よろしくお願いします。