HAP骨補填材は、各種の製品が日本でも発売されるようになったが、今だ積極的に日常臨床に取り入れられているとはいえない。
当院では、歯周疾患の日常臨床に、FOpとともに骨補填材アクトセラムKを積極的に応用し、歯肉退縮の防止、歯牙の延命、口腔全体の環境の向上に好成績を得ている。当院での症例を供覧するとともに、アクトセラムK臨床応用のポイント、補填手術のポイント等について考察したい。
アクトセラムK臨床応用のポイント
適応症は、とくに重篤な歯周疾患を有する歯であるが、周囲骨との健全な結合がまったくない歯根は除外する。深いクレーター状欠損を有する歯で、周囲の骨ができるだけ多く残存している歯が一般に良好な予後が望めるようだが、残存する周囲骨のため掻爬が不十分になるとかえって悪い結果を招く場合もある。
適応部位では、大臼歯部は徹底掻爬が難しいので、6、7番と4、5番を分けて手術を行うとか、6、7番の場合、歯冠を切断し、明視しやすい状態で手術を行うなど症例によって工夫が必要である。
また、根管処置が十分でない歯牙も見受けられる場合もあるが、根管処置が不完全であると必ずアクトセラムK補填術は失敗する。
●連続気孔を有する多孔性HAP顆粒 ●顆粒外面凹凸不整 |
●賦形性がよく、補填操作が容易 (補填しやすい、血流に流されにくい等) ●術後の漏出が少ない ●骨形成が早い? |
●減菌減圧容器に封入 | ●準備操作が容易・確実 |
●術後の歯肉退縮防止 ●骨の確実な増量 |
●術後の補綴処置が容易 ●歯牙の延命 ●口腔全体の環境向上 |
アクトセラムK補填手術のポイント
初期治療
最大のポイントは、罹患部位の徹底掻爬と、より完全なるルートプレーニングをすることである。そのためには、あらかじめスケーリングを行って歯肉の消炎を計り、可能な限り手術部位の支台形成を済ませておいた方が良策といえる。手術操作が容易となると同時に咬合保持のためのテンポラリークラウンは暫間固定ともなる。操作を容易にする意味では、周囲骨と健全な結合の一切ない複根歯は治癒の見込みがないので、あらかじめヘミセクションしておくのも一方法である。
切開
切開線は、手術部位が明視しやすくなるよう設定し、骨面に達する切開を入れる。
掻爬
各種鋭ヒ、手用スケーラーの他に超音波スケーラーやエアタービン等を用いてより確実な掻爬を心掛ける。
補填操作
アクトセラムKは、連続気孔を有する多孔質で顆粒外形が凹凸不整のため賦形性がよく、他のHAP顆粒より補填操作が容易である。この性質により血流にも流されにくいが、血液により補填操作が困難な場合には、下方にガーゼでダムを作り、防湿を行いながら流出を防ぎ適正な量を補填する。
骨形成が望めるのは、一般に周囲の骨レベルまでのようだが、歯肉の退縮を最小限にとどめる意味で縫合の妨げとならない範囲で可及的に多く補填した方が良策のようである。
縫合
結紮はできるだけ綿密に行うが、あまり歯肉を緊張させると1〜2日で歯肉が切れてしまうので適度に行う。
術後管理
術後管理として週1回程度の洗浄が必要で術後2週間を過ぎた頃からは、エアフローも有効で、歯肉の退縮がおさまり完全に治癒するには、2ヵ月以上を要するようである。その間の歯肉退縮は平均1.5mm 程度である。
補綴完了後も患者自身のブラッシングが重要であるのは当然であるが、月1度程度のエアフローまたはスケーリングも大変有効である。清掃しやすい補綴形態を付与するこころがけも術者として必要である。
また、アクトセラムK補填の場合、多少のロ多開が認められることがあるが、掻爬が完全であれば洗浄のみで排膿もなく創は閉鎖治癒する。
以上の他に、より完全な根管治療とHAP補填による動揺の改善を期待せずに確実な固定を考慮した補綴処置が予後を左右する大きな要素であることを補足しておく。
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初期治療 |
●徹底したスケーリングによる手術部位歯肉の消炎 ●支台形成 ●固定 | |||
補填手術 | 切開線 粘膜骨膜弁形成 | ●術部位明視しやすく、骨面に達する切開を入れる | ||
掻爬 | ●不良肉芽の徹底掻爬
●ルートプレーニングの徹底 | |||
補填操作 | ●原則は骨レベルまで
●できるだけしっかり詰める | |||
縫合 | ●緊密に(歯肉をあまり緊張させると切れるので適度に) | |||
術後管理 | 洗浄 | ●週1回程度、含漱剤使用 | ||
ブラッシング | ●やわらかめのブラシでなぜる程度 | |||
ロ多開 | ●掻爬が完全であれば洗浄のみで創は閉塞する | |||
補綴処置 | ●可及的に多数歯連結を計り、固定をより強固にする |
アクトセラムKの効果について
歯周疾患の原因はプラークであるといわれているが、深い骨欠損を伴う症例では歯根そのものが異物化しているため、その異物化した歯根に対する適切な処置が必要であると思うが、現段階においてはルートプレーニング以外に良策はなく、ここにFOpの限界がある。つまり、すでに異物化した歯根部位では、骨の新生は望めないが、逆に周囲の骨レベル以下で歯根が異物化していない所までは新生骨の造成が期待できるようである。
汚染等により異物と認識されたごく一部を除いて大部分のアクトセラムKは、HAPの特徴である親和性の良さのため、生体の中で異物と認識されず骨および歯肉の中で長期にわたり残存する。これにより歯肉の退縮を大幅に防止し、永久固定ともなる補綴処置が容易となる。
ア ク ト セ ラ ム K 禁 忌 部 位 | |
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結論
アクトセラムKは歯周疾患を治癒する「魔法の薬」ではない。FOpを行うことにより、周囲の環境を改善し、メインテナンスにより以降の進行を阻止しているだけで、アクトセラムKはそれをわずかに補助しているにすぎない。ところが、ここに臨床上大きな意味があり、放置すれば1〜2年で脱落するような症例でも、アクトセラムKを積極的に応用することにより、5〜10年あるいはそれ以上、歯を保存し機能させることが可能で、口腔全体の機能保持の上でも重要な意義があると確信している。
【症例1】(図1〜11)
患者:52歳、女性
初診:1987年12月17日
診断:成人性歯周炎
所見:全体に易出血性で特に前歯部のポッケトは深く排膿、動揺、唇側傾斜が著明。「鏡を見るのもいや」とのこと。
処置:上下前歯部FOp施行予定とし同部の抜髄および全顎にわたるPcurを行う。
・3-│-3 1988年5月11日 FOp+アクトセラムK補填
・3-│-3 1988年6月15日 FOp+アクトセラムK補填
図1.初診時(1988年2月) | 図2.3-│-3術後1.5ヵ月 3-│-3術後2.5ヵ月 この時点では上顎の歯肉回復は 不完全でロ多開が残っている |
図3.補綴完了(1988年9月) |
図4.初診時(1987年12月) | 図5.術後1年(1989年5月) |
図6.3-│-3初診時(1988年2月) | 図7.3-│-3術直後 | 図8.3-│-3術後9ヵ月 |
図9. 3-│-3術前 |
図10. 3-│-3術直後 |
図11. 3-│-3術後10ヵ月 |
【症例2】(図12〜22)
患者:61歳、女性
初診:1987年11月9日
診断:成人性歯周炎
所見:残存する全歯牙に動揺があり、食事も困難な状態で、これから先の人生に対する失望を訴えて来院。
処置:「1叢生のため戦略的抜歯と同時に初期治療を行う。
・3-│-3 1987年12月17日 FOp+アクトセラムK補填
・6−3│ 1988年2月8日 FOp+アクトセラムK補填
・21│2-5 1988年4月6日 FOp+アクトセラムK補填
・75│ 1988年9月5日 FOp+アクトセラムK補填
・│67 1988年12月7日 FOp+アクトセラムK補填および口蓋根ヘミセクション
術後の経過:残存する歯を可久的に連結し、1カ月ごとのエアフローによるメインテナンスを継続中。
「何でも咬めて喜んでいます」とのこと。
図12.初診時(1987年11月) | 図13.3-│-3術後1.5ヵ月 歯肉の退縮が約1.5mmあったことを示す |
図14.術後1年3ヵ月(1989年3月) |
図15.初診時(1987年11月) | 図16.補綴完了後(1989年1月) |
図18.75│術中 | 図18.75│術直後 | 図19.75│術後7ヵ月 |
図20.75│術前 | 図21.75│術直後 | 図22.75│術後8ヵ月 |
【症例3】(図23〜34)
患者:67歳、女性
初診:1987年10月1日
診断:成人性歯周炎
所見:上顎残存歯の骨植は比較的良好であったが、下顎では軽度な動揺が認められ、特に「5の盲嚢は深く動揺も著明であった。
口腔清掃状態は比較的良好。
処置:下顎全歯手術予定で初期治療を行ったが、上顎補綴終了時には動揺もおさまり、歯肉状態も良好となったので、
「345のFOpを行うことにした。
図23.初診時(1987年10月) | 図24.補綴完了後(1988年9月) |
図25.切開。切開線は手術野を明視 しやすいように大きく設定する |
図26.剥離。不良肉芽は歯牙に残存し、 臨床上健全歯肉のみ剥離される |
図27.掻爬。歯根周囲の不良肉芽を 丁寧に剥離し、合わせて歯根の清掃 を行う。この操作が完全であれば、 手術は必ず成功する |
図28.アクトセラムK補填。HAP補填 は骨レベルまでを原則とするが、多少 多くてもよい。アクトセラムKは血流に流 されにくいので補填操作が容易である |
図29.縫合。結紮はできるだけ綿密に行うが、 あまり歯肉を緊張させると1〜2日で 歯肉が切れてしまうので適度に行う |
図30.ロ多開(術後2週間)。HAP埋入の場合、多少のロ多開が認められることがあるが、予後には影響しない。固定方法は症状により異なるが、できるだけ確実に行う。パックは患者にとって不愉快であるのと、洗浄を可及的に行えば、予後に影響しないので当院では行わない | 図31.術後1年3ヵ月。歯槽骨の吸収が著明でなかった「3では歯肉の退縮があまりみられない |
図32.術前 | 図33.術直後 | 図34.術後1年 |
患者:67歳、男性
初診:1982年8月18日
診断:成人性歯周炎
所見:全歯において歯石沈着が著明で、口腔清掃状態も良好とはいえないが、年齢のわりに歯牙、
歯周組織ともに堅固である。6│6に骨欠損を認めるが臨床症状はない。。
処置:上下前歯部FOp施行予定とし同部の抜髄および全顎にわたるPcurを行う。
・76│ 1984年1月23日 FOp(HAP使用せず)
・6│ 1985年6月26日 口蓋根ヘミセクション
・│6 1988年3月23日 FOp+アクトセラムK補填
図35.初診時(1982年8月) | 図36.初診後6年9ヵ月(1989年5月) |
図37.│6術前5年4ヵ月 | 図38.初診以来、年1回のメインテナンスを 行っていたが、5年間にわたる歯周 疾患の進行が認められる |
図39.│6術後1年 |
図40.│6術中。X線では予測できなかった口蓋 側の骨欠損を見ることができる |
図41.│6術後1週。HAPを使用した場合、術直後の 創面は美しくないが、掻爬が完全であれば、 必ず良好な経過を見る。 |
図42.│6術後1年 |
図43.6│術直後。HAP使用せず | 図44.6│1年5ヵ月。口蓋側根ヘミセクション | 図45.6│術後5年2ヵ月。5年後の現在も なお機能を果たしている |
考察
ある一定の深さ以上に進行した症例では、初期治療を行っても1〜2年で脱落してしまうケースも多い。FOp(HAPを使用せず)を行うことにより7〜8年またはそれ以上腫脹することもなく機能させることが可能であるものの、わずかに歯槽骨の吸収と歯肉の二次退縮をみるようである。一方、HAPを使用した場合(当院で最長4年の経過観察であるが)わずかに骨の増量をみると同時に、歯肉の二次退縮はほとんど認められず予後はより一層良好なようである。