連続波Nd:YAGレーザーの効果に知覚過敏のメカニズムの謎が!

歯周疾患を伴う象牙質知覚過敏症に対するNd:YAGレーザーの治療効果

○ 河田克之、大塚秀春、市村 光、下島孝裕、池田克巳

                            


キーワード:成人性歯周炎,Nd:YAGレーザー,象牙質知覚過敏症

緒言

 レーザー光線を医療に応用する試みは1960年、Maiman 参考文献1) によって、ルビーレーザー光の発振が確認された当初から始まる。

特にNd:YAGレーザーは、室温での高出力の連続発振を可能にしたことによって臨床での応用が広がり、 今日では窩洞形成、根管治療、歯石除去、歯肉整形および象牙質知覚過敏症など 参考文献2〜5) の治療に用いられるようになった。

 象牙質知覚過敏症は、エナメル質やセメント質により被覆を欠いた露出象牙質面に刺激が 加わった際、一過性の疼痛を生じる疾患で、自発痛を欠くことを特徴とする。

組織学的には、当該部の歯髄は変化が認められないという報告 参考文献6) もある一方、歯髄に変性や充血が認められるという報告 参考文献7) もある。

また、その発症のメカニズムについては外来性刺激による象牙質内液の移動により、 歯髄側の神経終末を興奮させるという仮説 参考文献8,9) がもっとも有力である。 一方、象牙質知覚過敏症は歯周疾患による歯肉退縮や歯周治療後に歯周組織の改善に伴って 発症することも少なくない。

 今回われわれは、連続波のNd:YAGレーザー 参考文献10,11) を歯周疾患を伴う象牙質知覚過敏症の治療に応用した。 その結果、誘発痛の程度とレーザー光の照射回数等のあいだに興味ある知見を得たので 先人らの報告に追加する。


材料および方法

  1. 被験者および被験歯

     被験者は、明海大学付属病院歯周病科および河田歯科医院を訪れた成人性歯周炎を伴う 象牙質知覚過敏症状を訴えた成人44名(男性13名,女性31名,21〜68歳)である。 被験歯の総数は91歯で、齲蝕を認める歯、補綴および歯冠修復を受けている歯は除外した。 但し、本実験は口頭により被験者本人に同意を得たのちに行われた。

  2. レーザー装置

     レーザー装置には、波長1.064μm、出力1.0W〜40.0WのNd:YAG レーザー (CL-50,SLT-Japan社製 東京)を用いた。

  3. 照射方法

      被験歯の象牙質露出部分をエアーシリンジで乾燥したのち、レーザーチップの先端を 象牙質表面に対し、可及的90度の角度でコンタクトさせ、出力2.0Wで1秒間の照射を0.5秒おきに 20回繰り返す。

  4. 診査および実験スケジュール(図1)

      診査は1週間おきの来院時に行い、この際、誘発痛の程度が1度以上と判定されたものに ついては、再び同一条件で照射を行った。また、誘発痛の程度に改善がみられないものについては、 最長3回までの照射を行い、初回より3週間経過時の診査から総合効果判定を行った。 なお、あらかじめすべての被験者にはブラッシング指導を行い、被験歯に対しては照射前に スケーリングを行った。


    術前

    0week

    1week

    2weeks

    3weeks

    ブラッシング指導






    スケーリング






    知覚過敏誘発痛の判定






    レーザー照射






    図1 診査および治療スケジュール

  5. 象牙質知覚過敏誘発痛の判定
      エアーシリンジの圧搾空気を用い、以下に示す石川の方法参考文献6)に準じて診査を行った。

      0度:まったく誘発痛がない。
      1度:軽い誘発痛がある。
      2度:強い誘発痛があるが耐えられる。
      3度:強い誘発痛があるが耐えられない。

  6. 効果判定
      Nd:YAGレーザー照射による誘発痛の抑制効果の判定は以下に示す松本らの方法参考文献12)に準じた。

      著効:知覚過敏度の診査において術前3度、および2度と判定された症例が0度となる場合。
      有効:知覚過敏度の診査において術前3度が2度または1度、2度が1度、および1度が0度となる場合。
      無効:知覚過敏度が術前と不変の場合。
      増悪:治療により、さらに痛みが強くなる場合。

  7. 集計および統計分析

      治療前、1週後、2週後および3週後の誘発痛の程度について、統計学的分析を行った。 なお、分析にはWilcoxon signed rank test を用いた。


結果

 Nd:YAGレーザー照射による象牙質知覚過敏誘発痛の治療効果の判定については、以下に示す とおりである。なお、すべての被験歯において、象牙質知覚過敏誘発痛の増悪した症例や レーザー照射によるものと思われる副作用は認められなかった(表1)。

表1 治療効果の経時的推移

被験者

被験

歯種の

構成

誘発痛

の程度




平均年齢

前歯

小臼歯

大臼歯

治療前

1week

2weeks

3weeks

平均照射回数

46.9歳

23歯

22歯

46歯

2.52±0.73

1.24±1.08

0.88±1.15

0.60±1.10

2.10回

メモリー不足なため表すべてを入力できませんでした
1.総合評価
 上記5.の効果判定基準よって評価した結果は、著効59歯(64.8%)、有効19歯(20.9%)、 および無効13歯(14.3%)であった(図2)。
図2.総合評価

2.術前の象牙質知覚過敏症の程度と治療効果(表2)
 術前の象牙質知覚過敏症を程度別に分類したときの、効果判定の評価は表2に示すとおりである。
今回の実験では、3回の照射を経て無効と評価された歯が91歯中13歯認められた。 これらの歯を分類すると、1度の歯は12歯すべてが誘発痛0に改善したが、2度の歯は18歯中1歯が 無効であった。また、3度の歯は、61歯中12歯が無効であった。
 
表2 術前の象牙質知覚過敏症の程度と治療効果

  被験歯数  

   著効   

   有効   

   無効   

1度12歯


12


2度18歯

17



3度61歯

42


12

総計91歯

59

19

13

3.歯種別からみた効果判定
 被験歯を歯種別に分類し、その照射効果を照射回数ごとに評価したものが図3および表3である。
 その結果は、前歯、小臼歯、および大臼歯ともに1週目の判定から著明な除痛効果が認められたが、 3週経過時の誘発痛が術前と不変のもの、すなわち無効の歯は、前歯:23歯中6歯、 小臼歯:22歯中2歯および大臼歯:46歯中5歯であった。 この際の歯種間の除痛効果には顕著な差は認められなかった。

図3.歯種別にみた誘発痛を示す歯数の推移

表3 歯種別にみた誘発痛を示す歯数の推移

 誘発痛の程度 

  治療前  

  1week  

  2weeks  

  3weeks  

(a)前歯総数

23歯

23歯

23歯

23歯

0度

0歯

2歯

8歯

15歯

1度

1歯

10歯

3歯

0歯

2度

6歯

5歯

6歯

2歯

3度

16歯

6歯

6歯

6歯

(b)小臼歯総数

22歯

22歯

22歯

22歯

0度

0歯

8歯

13歯

18歯

1度

6歯

7歯

2歯

0歯

2度

4歯

4歯

5歯

2歯

3度

12歯

3歯

2歯

2歯

(c)大臼歯総数

46歯

46歯

46歯

46歯

0度

0歯

19歯

29歯

35歯

1度

5歯

8歯

5歯

3歯

2度

8歯

13歯

7歯

4歯

3度

33歯

6歯

5歯

4歯

(d)総被験歯総数

91歯

91歯

91歯

91歯

0度

0歯

29歯

50歯

68歯

1度

12歯

25歯

10歯

3歯

2度

18歯

22歯

18歯

8歯

3度

61歯

15歯

13歯

12歯

4.治療効果の推移(表4)
 治療前、1週後、2週後および3週後の誘発痛の程度を数値(0,1,2,3)を用いて 評価した結果、その平均値(Mean±S.D.)は、治療前2.52±0.73、1週目1.24±1.08、 2週目0.88±1.15および3週目0.6±1.10であった。
 また、これをWilcoxon signed rank test により検定を行った結果、治療前と1週目との比較では、 p>0.001で有意な差が認められ、同様に、治療前と2週目および治療前と3週目の 比較でもp>0.001で有意な差が認められた。
 週単位で治療効果を比較すると、1週目と2週目の比較では、p>0.001で有意な差が 認められたが、2週目と3週目の比較では、引き続き改善傾向は認められるものの有意な差は 認められなかった。
表4.治療効果の推移(Mean±S.D.)
Wilcoxon signed rank test
*:p<0.001
N.S:Not signifficant


考察

 今回、われわれは歯周疾患を伴う象牙質知覚過敏症に連続波のNd:YAGレーザーを応用し、 その臨床効果について実験を行った。治療開始より3週目の総合判定の結果は、 著効64.8%、有効20.9%および無効14.3%でおおむね高い除痛効果が認められた。

また、週に1度の来院ごとの判定では照射1週目から有効な除痛効果が認められた (Wilcoxon signed rank test(p>0.001))。 これは、パルス波のNd:YAGレーザーを使用したさきの水沼ら参考文献13)の報告と同様の結果を示すものである。

 今回、実験に用いたNd:YAGレーザー参考文献10,11)は、ネオジウムを活性イオンとして含むイットリウム、 アルミニウムおよびガーネットの結晶をレーザー媒体とした、波長1.064μmおよび出力 1.0〜40.0Wの個体レーザーである。

一般に、高出力は軟組織の切開、凝固、焼灼、蒸散などの外科手術に用いられ、 2W以下の低出力のレーザーは血行改善、疼痛の制御に用いられる。

 Nd:YAGレーザーを歯科治療での無痛治療に用いる試みは数多く報告されており、その除痛効果は 定説となっている 参考文献12,14)

Whittersら参考文献15)は21人の患者に対して、Nd:YAGレーザー(1.06μm、平均1.7W)照射による 除痛効果を二重盲検試験を用いて調べた結果、3分間15パルスと5分間113mJパルスのレーザー 治療群の間には統計的有意差が認められたとしている。

 象牙質知覚過敏症にレーザー照射を行った際の治療メカニズムは、レーザー光線が象牙質の 表面の一層を溶解して、外来刺激の象牙細管を介する伝導が抑えられ、歯髄側の神経繊維の知覚が 遮断されるという 参考文献18) のが現時点での定説とされている。

しかし、Nd:YAGレーザーは黒色塗布材を使用しない条件下では、白色に近いエナメル質や象牙質の 表面では、その光は反射するものと考えられており参考文献19)、加えて、この実験のような低出力のもとでは、 象牙質表面に溶解による外来刺激の遮断は生じにくいものと思われる。

われわれは、象牙質の表面の溶解よりも、むしろレーザー照射による 熱効果という観点も必要になると考える。

 一方、今回の照射条件では象牙質知覚過敏症が増悪した症例はみられなかったが、 効果的なレーザーの生体への照射には安全な条件設定が望まれる。 レーザーの出力に関しては、高出力エネルギーで照射したほうが効果が期待できる 参考文献12,20) とする報告もあるが、Whiteら 参考文献18) は、Nd:YAGレーザーを抜去した単根歯に照射し、その温度上昇をみたとき、0.7W、10Hz、70mJ/pulse、 30minの条件では、43.2±10.3゚Cの温度上昇が認められたとしており、レーザー照射には歯髄組織の 温度上昇という側面が伴っているといえる。

 歯髄の組織学的変化という点からみると、Miserendinoら 参考文献18) は、ウサギの前歯に対して、レーザー照射と高速歯科用エンジンを介し、切削による頬側の歯髄と 歯周組織の組織学的反応を観察した結果、レーザー照射と切削のいずれの方法においても コントロールと比較して組織学的所見に差異は認められなかったと述べているが、Arcoria 参考文献20) らは、40Wと16Wの条件下でNd:YAGレーザーをイヌのエナメル質に照射して、エナメル質表面と 歯髄細胞の反応を、組織学的に比較した結果、非照射群と照射群のあいだには歯髄組織に 有意な違いが認められたが、40Wと16Wのあいだではその歯髄反応は同様であったという。

 今回の実験では、3回の照射を経ても、誘発痛の程度が不変であった歯が、91歯中13歯 (前歯6歯、小臼歯2歯、大臼歯5歯)認められた。これらの歯を術前の誘発痛の程度で内訳すると、 1度の歯は12歯のすべてが誘発痛0に改善したが、2度の歯は18歯中1歯が無効、また、 3度の歯は61歯中12歯が無効であった。

このことから、術前の誘発痛の程度が高いほど除痛効果が現れにくいという傾向が認められた。

 照射回数と治療効果の関係では、治療前と1週目のあいだおよび1週目と2週目の あいだにはWilcoxon signed rank test(p>0.001)で有意な差が認められたが、2週目と3週目の あいだには有意な差は認められなかった。 このことから今回の照射条件での効果的な照射回数は2回であると考えられた。

なお、実験期間中には症状の再発は1例も認められなかったが、その後の観察からは、症状の 再発を認めるものもあり、われわれは再発という観点からも、今後さらなる臨床的検討が 必要であると考えている。


結論

 歯周疾患を伴う象牙質知覚過敏症に対し、連続波のNd:YAGレーザーを照射し、 その治療効果を検討したところ以下の結論を得た。

  1. 総合判定は、著効59歯(64.8%)、有効19歯(20.9%)、および無効13歯(14.3%)であった。

  2. 術前の誘発痛の程度別に治療効果をみると、1度の歯は12歯すべてが誘発痛0に改善し、 2度の歯は18歯中1歯が無効で、3度の歯は61歯中12歯が無効であった。 このことから、誘発痛の程度が高いほど除痛効果が現れにくいという傾向が認められた。

  3. 治療前、1週後、2週後および3週後の誘発痛の程度わ数値(0,1,2,3)を用いて評価した結果、 その平均値(Mean±S.D.)は、治療前2.52±0.73、1週目1.24±1.08、2週目0.88±1.15および3 週目0.6±1.10であった。

  4. 治療前との比較では1週後、2週後および3週後のすべてで P>0.001で有意な差が認められた (Wilcoxon signed rank test)。


参考文献参考文献
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