象牙質知覚過敏症治療の基本

象牙質知覚過敏症に対する臨床
研磨剤を含まない歯磨剤の効果

○ 高 橋 成 美,河 田 克 之

第14回兵庫県歯科医学大会(発表原稿)


図1.知覚過敏症の診査
図2.象牙質知覚過敏症に対する治療法
図3.ブロサール(日本歯科薬品)
「歯が滲みる」という患者さんからの訴えは、日々の臨床で最も多く耳にする言葉です。 歯科領域の知覚過敏症には、カリエス末期や窩洞形成後の歯髄炎が原因と思われるものから、 歯周組織の炎症が原因と思われる無髄歯の知覚過敏まで様々な状況が含まれています。 その中でも歯周疾患の進行と治癒に深く係わる象牙質知覚過敏症は、多くの治療法が提案されて いるにも係わらず決定的な治療法がなく私達臨床に携わる者にとって厄介な疾患の一つです。

 象牙質知覚過敏症治療の基本は、プラークコントロールであるといわれています。事実、 象牙質知覚過敏症と診断された患者に対して、徹底したスケーリングとブラッシング指導を行う ことにより多くの症状が消退し、治癒とみなされるケースも多いようです。しかし反面、 知覚過敏の程度によっては、単にプラークコントロールの妨げとなるだけでなく、 ときに歯周治療の障害となるケースも少なくありません。この様な場合には、更に積極的な 知覚過敏に対する治療が必要だと思われます。

私達の医院では、過去に消炎鎮痛剤やNd:YAGレーザー、あるいはコーティング材を用いて 象牙質知覚過敏症の抑制に努めてきました。知覚過敏の程度・場所・範囲により適応は異なるものの、 それぞれ比較的良好な結果が得られました。

しかし、それでも対応が困難な広範囲におよぶ症例に対して、原点に戻りプラークコントロールの 徹底を試みることにしました。その際、象牙質石灰化による自然の治癒能力を助けるために、 研磨剤を含まない歯磨剤(図3)を患者さんに使っていただき効果を観察しました。


  • 知覚過敏度の診査項目

      シリンジによるエアーの吹き付け
      air flow 使用時、scaling 時、ハミガキ時
      冷水、温水、ぬるま湯、甘いもの、酢いもの
      接触痛、咬合痛、打診痛
                     以上12項目
    知覚過敏度の判定に際してはエアーの吹き付けを採用

  • 象牙質知覚過敏誘発痛の判定
      エアーシリンジの圧搾空気を用い、以下に示す石川の方法1)に準じて診査。

      0度:まったく誘発痛がない。
      1度:軽い誘発痛がある。
      2度:強い誘発痛があるが耐えられる。
      3度:強い誘発痛があるが耐えられない。

  • 効果判定
      Nd:YAGレーザー照射による誘発痛の抑制効果の判定は以下に示す松本らの方法2)に準じた。

      著効:知覚過敏度の診査において術前3度、および2度と判定された症例が0度となる場合。
      有効:知覚過敏度の診査において術前3度が2度または1度、2度が1度、および1度が0度となる場合。
      無効:知覚過敏度が術前と不変の場合。
      増悪:治療により、さらに痛みが強くなる場合。


    図4.初診時パノラマ
    今回、臨床観察を行った症例の中からその1つを供覧したいと思います。

    【症例】
    患者:50歳 女性
    初診:1994年11月9日
    主訴:「4の動揺が気になる
    既往歴:特記事項なし
    口腔内所見:歯周疾患に対する感心が高く、清掃状態も比較的良好であったが、縁下歯石の 沈着が著明。歯槽骨の吸収は、全体に1/2、動揺度は1程度であった。また、「4部では 咬合性外傷と思われる深い骨欠損が認められた(図4)。


    図5.初診時 図6.治療終了時
    図7.治療終了後1年 図8.ブロサール使用後4ヵ月
    切端部と隣接面に外来性の色素沈着を認める
    歯周疾患に対する理解は深く、口腔清掃状態も比較的良好でしたが、縁下歯石の沈着が著明でした。 全体に知覚過敏も著しく、当初、スケーリングも困難な状況でした(図5)。

     処置および経過としまして…
    初期治療を進めるかたわら、左下4部の抜髄と連結固定を行いました。 初期治療の終了する頃(95年3月)には、知覚過敏の程度も軽減し、部位も左右の上顎臼歯部に 限定されるようになりメインテナンスに移行しました(図6)。

    しかし、知覚過敏との戦いはこれからでした。

    シュウ酸カリウム塗布により一度は軽快したように思われた知覚過敏が再発したのは3カ月後でした。 その後、他の症例では90%以上の有効性を示すNd:YAGレーザーの照射を行い、一進一退を繰り 返しながら数カ月が経過しました。

    初診より1年5ヵ月経過した1996年4月よりブローサルの使用を開始しました(図7)。 今回使用した歯磨剤は、研磨剤を含んでいないことから外来性色素の沈着が認められ メインテナンスは不可欠です(図8)。


    表1.治療効果
    部位    術前→術後    判定

    87654│    3→1     有効

    │345     3→0     著効
      
    6│      3→0     著効
         
    21│12     2→0     著効

    本症例に対する歯磨剤の治療効果を表にまとめました。

     知覚過敏に対する効果は、使用後1ヵ月を越える頃より現れます。本症例の場合、 月に1度のエアーフローによる洗浄と歯磨剤の使用を1年経過した現在も続けています。 他の症例では、使用後6ヵ月頃より歯磨剤の使用を中止し、その後再発をみない症例もあります。







    図9.歯磨剤の治療効果
    図10.他の治療法との比較
    今回使用した歯磨剤の知覚過敏抑制効果を判定するために、先に示した診査方法と判定基準に準じて 最近1年間の症例を集計しました。

    (図9)は歯磨剤、(図10)はそれぞれ消炎鎮痛剤、ヤグレーザー、コーティング材単独使用時の 知覚過敏抑制効果です。適応範囲や時期が異なりますが、他の治療法と比較して、 研磨剤を含まない歯磨剤も有効な治療法の1つだと思われます。また今後は、これらの処置を併用 することにより、より高い抑制効果が得られると思います。

    象牙質知覚過敏症の予防や治療には、プラークコントロールが重要です。プラークコントロールの 確立された口腔内では、露出象牙質表層で再石灰化が起こっていると考えられています。 しかし、せっかく改善された歯質も歯磨剤中の研磨剤により削り取られるために知覚過敏の症状に 改善がみられないことが多いように思われます。そこで研磨剤を含まない歯磨剤が有効に作用すると 考えられます。

     本歯磨剤を使用するにあたって最大の留意点は、研磨剤を全く含んでいないため、歯牙に外来性の 着色を生じる事が理解できる患者さんである事と、プラークコントロールの確立されている事の 2点です。そのために、私達の医院では全ての治療を終了したメインテナンス期の患者さんに対して のみ使用を試みています。






    参考文献
    1. )石井修二:象牙質知覚過敏症に関する臨床学的ならびに組織学的研究,口病誌,36:278-292,   1969.
    2. )鈴木賢策,石井修二:象牙質知覚過敏症,歯界展望,46:243-249, 1975.

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