日付、時間:2002年7月3日
氏名: Y.O
所在都道府県: 兵庫
職 業: 医師
年 齢: 37歳
性別: male
前回,診察時,口蓋根のみ根管の処置をしていただきましたが,口蓋根の掻爬をリーマでされて
痛みのあるエリアを掻きだしていただいた後,頬部の痛みはす−っと引いていきましたので,大臼
歯の知覚神経である後上歯槽神経への侵害受容器の入力が消失したのではないかなと,考えてもお
りますが,いかがでしようか.
また,根管処置後の急性期の痛みは消炎鎮痛剤が比較的よく効き,不安感はあまり生じないのです
が,前回の口蓋根のばわ〜っとした痛みは感覚としては内圧があがるという感じであり.あまり消
炎鋳痛削が効果がなく,また情動的には不安・不穏感を誘発するようですが,このことは痛みのメ
カニズムが異なることからくるのでしようか.消炎鎮痛剤はプロスタグランジンE2を抑制して炎症
を緩和するということなので,圧力に対する侵害受容器の刺激症状なのでしようか.
いろいろわからないことだらけで,手紙でこまごまとご質問させていただき,仕事柄,細かいこ
とにもこだわる性格として,ご勘弁,ご理解いただけたら幸いと存じます.
臨床経験の豊富な先生にはよくいる患者のひとりとは思いますが,患者としてはめったにない出会
いと思っております.またの機械に根管の治療にお伺いすると思いますが,何卒よろしくお願い申
し上げます.
敬具
根管内の汚れを直接検査する方法としては、内視鏡同様のマイクロスコープもありますが、
一般にはほとんど普及していません。間接的な方法として、根管内の細菌培養検査があります。
私の考え方からすれば、細菌が多いということは勿論炎症が著しいということで、炎症を起こす
べき汚物がそれだけ存在ると判断しますが、一般には“何か知らないけど”細菌が異常増殖して
いるので殺菌をしなくてはと思われているみたいです。
レントゲンですが、多くの場合炎症に伴う骨の破壊(根尖病巣)がありますので容易に炎症の
存在が判断できますので、私流に汚物の存在を知ることができます。ところが今回のケースでは
レントゲン的には容易に根尖病巣の存在を確認することができませんね。上顎洞に近接する解剖
学的位置関係からちょっと見難くなっていますが、見ようによっては薄っすらと大きな透過像ら
しき影があるようにも思えます。いずれにしてもレントゲン的には患者さんのおっしゃる症状に
該当する所見が得られていないことは事実のようです。
私の診断に対する信念として「交通事故や訴訟絡みのように利害関係の介在する症例を除いて、
患者さんは不愉快な症状を治して欲しい一心で医師の治療を受けに来ているわけですから症状に
対して絶対うそは言わない」という認識を重要視しています。痛みを大げさに表現する人や、通常
痛みと感じない程度の違和感を訴えるケースは往々にあります。しかし、全く痛みを感じないのに
痛みを訴える人はいません。表現はともかく痛みを感じる限り、そこ(通常その中心部)に炎症
を起こすべき原因が存在するという認識から可能性を追求すれば必ず何かあるはずという信念です。
心因性とか神経性の痛みを全く否定するものではありませんが、私の診断基準には存在しません。
そんな基準で診断しても原因が特定できないときには、ちょっと悔しいけれど「何か痛みを起こ
すべき原因があるはずだけれど分かりません」という説明をします。
レントゲン的に根管充填は申し分なし、根尖病巣らしき像・歯根膜の拡大像、歯牙の破折など
の所見が得られないために三叉神経痛や心因性疾患として別の治療を勧められたり、抜歯(歯に
まつわる異常が何であれ全て除去されますので通常炎症は治まります)になるケースが非常に
多いことを臨床医として痛感しています。
反対にそのような状況でも実際に根管を開けて治療してみると、万全に見えた根管充填にも
必ず何らかの異常(通常腐敗)が認められることも多く経験しています。ましてやクラウンで
完全密封されている環境では、細菌の感染経路を口腔内から求めている歯科の常識から説明で
きないことから発生する誤診が多いのではないかと推測しています。
“感度の良い検査”という質問ですが、直接汚物の存在を明確に示す検査方法はないでしょう。
“炎症の発生源に汚物あり”という認識が広く支持されて始めて開発が始まるからです。しかし、
炎症の存在を見つける検査方法として、レントゲン、更にはコンピュータ画像処理の導入や医科
領域で普及しているエコーなどの検査機器もコスト面での障害があるものの遅ればせながら開発
されつつあるようです。
現実の臨床でややもすれば忘れ去られがちな“問診”は、炎症の存在や種類・原因を特定する
かけがえのない“感度の良い検査”という認識で普段の診療(インターネットでの質問)に生か
しております。
痛みの種類についての質問ですが、伝達経路についてはご推察の通りかと存じます。顎骨内とい
う閉鎖された空間での炎症ですので、内圧の上昇に伴う痛みの増幅作用があったものと考えられま
す。場所がら、掻爬や清掃による一時的な内圧低下が即効性の鎮痛効果をもたらしたことが第一に
考えられることから、当分の間開放状態にしておいた方が消炎および鎮痛効果としては選択すべき
術式であったかも知れません。
原因を一部取り残したとしても、生体の自然治癒能力の及ぶ範囲で絶対量が少なければ期間の
多少は別にして“治るモノは治る”という考えです。術後痛みが減少したとはいえ、未だに違和
感があるということは、炎症を起こすべき原因(この場合汚物)がそれなりに存在していること
が推察されますが、根管治療および根管充填を実際行った感触から根管内には再び除去すべき汚
物は存在しないと今は考えております。汚物は根管の外、つまり生体の自然治癒能力の及ぶ範囲
にごく少量残存していると推測しています。従って、今しばらくの時間的猶予が必要だと考えて
おります。
治癒が思わしくなかった場合の対応としては、一応根管治療および根管充填には問題がないもの
として、根尖病巣内に多量の汚物が存在するものとして根管以外の場所からの切開・排膿・汚物除
去を考えます根尖部掻爬。
根尖部掻爬を行うケースは年間2〜3件ですので、根管治療全体からすれば0.?%程度でほとん
どこれで解決します。もしそれでもダメならもう一度根管充填の不備を疑って根管治療のやり直し
を決断しますが、歯根破折や穿孔などももう一度視野に入れて考え直す必要があります。
それでも思わしくなければ…ギブアップ?
悪い根管だけを抜歯(ヘミセクション)、更に・更に抜歯という手順にな
ります。そこまでにはならないとは思いますが…。
消炎鎮痛剤の効き目については、メカニズム的な相違は分かりません。おそらくご自身の方が詳
しく正確だと思います。私流の説明としては、原因の除去量に比例して炎症の程度が消炎鎮痛剤の
効く範囲に治まったかどうかの違いだと理解しています。根管内および根尖孔外の汚物で閉鎖された
空間で直接目に見えない環境ですので確証はありませんが、歯石沈着に伴う歯肉炎症のように開放
された空間で直接目に見える場所では歯石除去直後の疼痛緩和をダイレクトに経験します。つまり
歯石の除去量の完璧度に比例して炎症が残ったり完全治癒したりという臨床事実です。