歯周疾患を抑制することは、予防ではなく立派な治療!!

デンタルダイヤモンド 24(337): 137-144 1999年11月

私の臨床エポチカ

メインテナンスの効果

河田克之
Katsuyuki KAWADA
●姫路市・開業

メインテナンスの重要性は誰もが知っていると思います。ところが実際にメインテナン スを行っているかというと、ほとんど実行されていないのが現状ではないでしょうか。「メイン テナンスをするような歯周外科手術をしていないので…」と思っていませんか? いつか訪れる 歯周疾患末期、これを阻止することは予防ではなく、何ものにも変え難い立派な治療だと思いま す。
                            

はじめに

 機能喪失した重度の歯周疾患に対して、骨再生療法や歯周補綴を駆使して歯牙の延命や 機能回復を計ることはとても重要なことである。インターネットを通して多くの患者が、末期状態の 歯を何とか延命させたいと願って"歯槽膿漏の情報"を検索している。
「若い頃から歯医者さんに、歯槽膿漏の兆候がありますので気をつけなさいと言われていたの ですが…」という声の大きさに少なからず戸惑いを感じている。それならば、もっと若い頃から 歯周疾患の進行を抑制する手立てがあったのではないか?

一方で、日本歯科医師会の発行するポスターには、「35歳以上の82%が歯周病」と書かれている。 35歳以上の世代では、抜歯原因の約70%を占めるといわれる歯周疾患の進行を抑制することが 急務だと思う。初期の治療と末期の治療、どちらが大切かの議論ではなく、いつか必ず訪れる 末期の歯周疾患を最小限に留める手法を考えてみたいと思う。

メインテナンスの効果

図1.歯周疾患のナチュラルヒストリー
ナチュラルヒストリー

 歯周疾患のナチュラルヒストリーとは、疾病を放置していたらどのような速さで進行し、最終的に どういうことになるかということである。アタッチメントレベルの低下は、健常者で0.06mm/Y 1)、歯周疾患罹患者では0.20mm/Y以上2.3) といわれている。
この数値は、サンプルとなった歯種や年齢によって大きく異なると思われるので、臨床症例と 単純な比較はできないが参考にはなる(図1)。筆者らの医療は、このナチュラルヒス トリーをいかに改善できるかに対する挑戦4)と考えられる。

 症例1(図2〜7)は、下顎前歯部の動揺を主訴に来院した42歳の男性である。 全体に中程度以上の歯槽骨吸収が認められ、特に2-|-2は骨吸収が著しく重度以上で 抜歯の適応症ともいえる状態であった。

メインテナンスの効果
図2.初診時口腔内
  患者:42歳、男性
  主訴:下顎前歯部の動揺が気になる
メインテナンスの効果
図3.10年後の口腔内、月に1度のプロフ
  ェッショナル・トゥースクリーニングを継続
 初期治療終了後、2-|-2を抜髄した上でFOp(骨補填材使用)、および補綴物による 連結固定を施行した。下顎前歯部以外の部位については、状況の変化に伴い順次外科的 処置を行う予定でメインテナンスに移行。

 術後は月に一度のプロフェッショナル・トゥースクリーニングを主体にメインテナンスを行い 約10年経過した。メインテナンス期間をとおして、徹底したブラッシング指導を行わなかった 割には歯肉および清掃状態は良好である。また初診時以降、歯槽骨吸収はほとんど停止し、 当初予定していた追加手術を行う機会がないままに良好な予後を観察している。

 初診時のアタッチメントロスが平均5.2mm。20歳時に正常と考えて、この患者さんのナチュラル ヒストリーは0.24mm/Yであったと考えられる。それから10年を経過した時点のアタッチメントロス は平均4.6mmなので、メインテナンス期間中に0.06mm/Yの骨量増加があったことになります。 実際には、骨補填材(ハイドロキシアパタイト)を使用しているので手術部位以外では増減がな かったものと推測される。

 明らかに歯周疾患進行傾向の強かった症例でも、本症例のように特別な処置を行うことなく 継続したメインテナンスだけで進行を抑制することが可能である。

メインテナンスの効果 メインテナンスの効果
図4.
初診時。歯周治療終了後2-|-2を抜髄したうえでFOp(骨補填材使用)および補綴物による連結固定を施行
図5.
10年後。当初予定していた追加手術を行う機械がないままに良好な予後を観察
メインテナンスの効果 メインテナンスの効果
図6.
初診時。全体に年齢より進行した歯槽骨吸収を認める。特に下顎前歯部では重度の歯槽骨吸収を認める
図7.
10年後。歯周初期治療とメインテナンスだけでナチュラルヒストリーを改善


若年性歯周疾患

 症例2(図8.9)は、年齢的に若年性歯周疾患というには問題がありそうだが、 若い頃から歯周疾患の指摘を受けながら気がついたときには末期症状となった気の毒な 症例である。 ブラッシングには非常に気を使っているようで、初診時の口腔内は比較的清潔であった。 本当にブラッシング指導以外になすすべがなかったのか、問題を投げかける一例である。

メインテナンスの効果 メインテナンスの効果
図8.初診時口腔内
  患者:32歳 女性
  主訴:全体に歯の動揺が気になる
図9.
初診時。若い頃から歯周疾患の試適を受けながら
気がついたときには末期

 症例3(図10.11)は、21歳来院当時歯石沈着が著しく、4|に中程度以上の骨吸収が 見られた症例である。歯周初期治療終了後、当該部位については抜髄した上でFOp(骨補填材 使用)を施行し、以後13年間に渡ってメインテナンスを継続した。34歳になった現在、手術部位に 若干の骨吸収進行を認めるものの、他の部位では歯槽骨の吸収もなく良好な経過を観察している。

 21歳で中程度以上の骨吸収であるから、若年性歯周疾患といっても良いような症例でもメイン テナンスを継続すれば進行を抑制することが可能である。

メインテナンスの効果 メインテナンスの効果
図10.初診時パノラマ
  患者:21歳 女性
  主訴:右下小臼歯の動揺が気になる
図11.
13年後。プロフェッショナル・トゥースクリーニングを
継続した結果、歯槽骨の吸収もなく予後良好


ブラッシング指導

 多くの著書に書かれているように、ブラッシング指導は有効な手段である。しかし、疾患抑制 の切り札に成り得ないような気がする。一部の患者は、ブラッシング指導を熱心に聞き入れて 日常生活の一部として大きな成果を挙げてはいる。 ところが、来院が遠ざかるにつれて抑制効果も低下し、「歯医者に行くと抜かれる」という恐怖心 からますます来院が遠のき、ついに手のほどこしようのない状況に陥ってしまう。

 筆者らの医院では、ブラッシング指導よりもむしろ月に一度のプロフェッショナル・トゥースクリー ニングを継続する気持ちを維持するために、その効果や実績を説明することに力を入れている。 歯を磨いたときの出血や口臭の減少、それに疲れたとき起こる腫脹や象牙質知覚過敏の減少 などを説明することにより、メインテナンスの効果を実感していただくことが大切だと考えている からである。5年、または10年間隔で撮影したレントゲン写真の解説も重要である。


インフォームド・コンセント

 初診で訪れる患者は、例外なく大きな不安を抱えて来院する。緊急的な痛みを主訴に来院した 患者には当然緊急処置を優先するが、それでも口腔内写真やパノラマ・歯周検査は行う。 緊急処置や簡単なスケーリングが終わったのちに、総合的な診断を説明する。ここで重要な ことは、患者に現状を正しく認識していただくことである。
「カリエス等による歯牙喪失は別にして、50歳ころまではほとんどの歯が残っています。 ところが、50歳を過ぎるころになると『硬いものが噛み難い』という訴えが始まり、たまりかねて 歯医者に行くと『歯槽膿漏ですから抜きましょう』という状況になります。それ以降毎年のように 1本、2本と抜いていくと気がついたときにはほとんど歯のない状態になってしまいます」と 一般的なナチュラルヒストリーを説明する。
そのことを理解していただいたうえで、「あなたの現状は…」平均的なナチュラルヒストリーに比べて どの程度のランクであるかを認識していただく。そのうえで、このまま放置したときに将来どのような 結果になるかを十分説明することが効果的な治療を可能にするといっても過言ではない。

 このナチュラルヒストリーを変えるためには、正しいブラッシングと歯石の除去が必要であること を理解していただく。抜歯の必要な歯や歯周外科手術の必要な歯は、特にエックス線上で骨欠損 の状態を詳しく説明する。患者にとって"抜歯"は、術者の想像以上に"不信感の火種"になるよう である。抜歯の必然性は無論のこと、将来の補綴方法や先々の見込みと対処方法まで説明して おかないと十分な信頼関係の構築は不可能だと痛感している。


歯周初期治療

 残存する歯の状態や歯数によって多少手順が異なることもあるが、原則として保険療養規則に 定められた方法で行う。初診と2度目の来院時に全顎のスケーリングを2回行う。保険療養規則 では片顎づつ2回に分けて行うことになっているが、速やかな歯肉の回復を計るためには一回では 不充分だと実感しています(保険請求は規則とおり)。

 補綴処置を必要としない症例では、簡単なカリエス治療と並行してルートプレーニングを進める。 緊急を要する治療や審美性の回復を最優先することはいうまでもない。欠損補綴が必要な症例 では、根管治療や補綴物の作成過程でルートプレーニングなどを並行して行う。歯周初期治療を 優先するあまり、実質欠損をともなった歯の治療がおろそかになると、どうしても信頼が得られな いからである。

メインテナンスの効果
図12.初診時
  患者:42歳、男性
  主訴:|4に中程度以上の骨吸収と知覚
      過敏を認める
メインテナンスの効果
図13.2か月後。
  知覚過敏は治癒、実はこの
      時点で歯髄壊死
メインテナンスの効果
図14.1年後。
  根尖病巣と歯周疾患による
      骨破壊がつながって動揺が著しい
   
メインテナンスの効果
図15.5|根管治療時
  患者:60歳、女性
  根管治療は即日充填が基本
メインテナンスの効果
図16.術後1週間。
  術後の疼痛もなく漏孔は閉鎖
   
メインテナンスの効果
図15.5|初診時
  患者:47歳、男性
  「7に二次カリエスおよび脱離所見は
      認められない
メインテナンスの効果
図16.9か月後。
  脱離が原因と思われる二次カリエスのため
      歯牙喪失の危機
 ブラッシング時の出血や口臭の減少などを確認しながら、「良くなった」ことを実感していただくこ とも大切である。初期治療後の知覚過敏やしつこい出血部位に対してはどうしても追加処置として のスケーリングやルートプレーニングが必要となるが、その際のインフォームド・コンセントは欠か すことができない。


象牙質知覚過敏症

 歯周疾患進行過程で生じる象牙質知覚過敏は、歯周疾患治療を行ううえで非常に厄介な疾患 である。ブラッシングの妨げになるだけでなく、原因除去療法であるスケーリングなどを行ったあと に、一時的とはいえ症状が悪化するからである。 象牙質知覚過敏のメカニズムを説明し、治療に対する理解を得るためには効果的な対処方法を 熟知する必要がある。

 筆者は、歯石などの汚物貯留や象牙細管露出にともなう象牙細管内の有機質変質が、歯髄の 炎症を招いた結果が象牙質知覚過敏だと解釈している。したがって、変質した有機質を排除し 石灰化を促す薬剤塗布やレーザー照射を行う5)。 また、歯髄の炎症を抑えるために消炎鎮痛剤の内服(ジクロフェナクナトリウム/商品名:ボル タレン25mg 3T/day)も有効である6)

 あらゆる手立てを尽くしても治まらない知覚過敏に対しては、最終的な処置として抜髄を選択する こともある。そのような症例では、すでに歯髄壊疽の状態であることが抜髄時の所見として多く観察 される。これを放置しておくと、半年・1年後にいわゆる"上行性歯髄炎"として根尖病巣と歯周疾患 罹患部がつながって取り返しのつかない状況になることを説明することが大切なことはいうまでもな い(図12〜14)


根管治療

 歯牙保存を図るうえで、根管治療の重要性は改めて申すまでもない。症状のない小さな根尖 病巣は治療を見送るとしても、急性症状のある歯や補綴処置を必要とする歯は抜髄や感染根 管治療の対象となる。出血や排膿のある歯は別にして、基本的には即日充填を行っている (図15.16)

根管内の歯髄や汚物を器械的に除去して、死腔を完全封鎖すれば術後の疼痛を最小限に留 めることがでる。テンポ良く治療を進めることと、術後の痛みを最小限に留めることも信頼関係 を構築するうえで重要な要素だと思う。


メインテナンス

 一度破壊された歯周組織は、現段階では回復が不可能なことと、新たな汚物の貯留がなければ 現状を維持できること。あわせて根面の滑沢化を行ったとはいえブラッシングだけでは新たな歯石 の沈着が防ぎきれないことや、プロフェッショナル・トゥースクリーニングの効果と必要性を説明する。

 メインテナンスの主役は衛生士である。スケーリングを行いながら歯肉の異常やカリエスの チェックを行う。また、患者自身気になるところはないかを聞く。「今は治りましたが、2週間前 に少し腫れました」とか「最近、この辺が臭くって…」という訴えは要注意である。Bridgeや連 結冠の一部が脱離しているケースが多いからである。特に動揺した歯を連結した場合、必ず といってよいくらい健全歯から脱離する(図17.18)。しかも脱離した歯は半年もすると 使い物にならないほど歯冠崩壊が進み、大切な歯を失う結果になる。"脱離の早期発見"が いかに多くの歯を救うか、筆者自身その重要性を改めて認識した。


おわりに

 糖尿病と診断されそのまま放置しておくと死にいたる危険性がある場合、疾患をコントロールして 現状維持を図ることは治療として認められている。高齢化社会を迎え、最終的には必ず歯周疾患に より抜歯することが避けられない現状において、歯周疾患の進行を抑制して歯牙喪失を最小限に 止めることは、もはや予防ではなく立派な治療であることを認識しなくてはいけない。

 筆者自身、半信半疑で始めたプロフェッショナル・トゥースクリーニングであるが、10年・15年と 積み重ねていくうちに、その効果を確信するに至った。「口腔内の不快症状から開放された」とか 「骨吸収の進行が停止した」という経験を患者と共有することにより、それまでなかった患者との 付合い方を発見したように思う。

 "8020"を達成するために、日本歯科医師会でも年に2回のプロフェッショナル・ケアを推奨して いるが、その頻度が高ければ高いだけ効果が挙がることは申すまでもない。プロフェッショナル・ ケアおよびトゥースクリーニングが普及すれば"8020"達成はもちろん、重度の歯周疾患すらお目 にかからない時代が来るであろう。そのためには、まず可能な範囲から始めて、その効果を体験 することが最も大切なことであると思う。

メインテナンスの効果

参考文献

  1. )浦郷篤史:口腔諸組織の加齢変化,第1版,クインテッセンス出版株式会社,東京,1991, 90-102.

  2. )Loe,H.et al, The natural history of periodontal disease in man. The rate of destruction of periodontal destruction before 40 years of age. J.Periodont.,49:607- 620, 1978.

  3. )Becker,W.,Berg,M.L.and Becker,B.E.:Untreated periodontal disease:A longitudinal study.,J.Periodont.,50:234-244,1979.

  4. )長谷川紘司:歯周病の治癒〜その概念の変遷〜.日本歯科医師会雑誌,43:299-305, 1990..

  5. )河田克之,大塚秀春,市村 光,下島孝裕,池田克巳:歯周疾患を伴う象牙質知覚過敏症に対するNd:YAGレーザーの治療効果,日本保存学会会誌,39(4):989-995,1996.

  6. )河田克之,大塚秀春,椿佳代子,渡辺和志,池田克巳:歯周疾患を伴う象牙質知覚過敏症に対する治療法とその治療効果,日本歯周病学会会誌、 38(春期特別号):265-266, 1996

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