破壊された歯槽骨を再生に導く理論の展開

歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響 Z
理論の展開

日本歯周病学会認定医
姫路市開業:河田 克之   


序文

 理論を展開する前に、医学的な基本事項を確認しておきたいと思います。まず第一に、 生体はありとあらゆる非自己に対して、程度の差こそあれアレルギー反応を起こす。 第二に、この数多くの細菌が棲息する地球上の環境下に於いては、アレルギー反応の存在する 周辺に炎症が起きやすいという2点です。続いて、炎症部位では発赤,腫脹,疼痛等の症状と伴に、 知覚閾値の上昇,組織の破壊が認められます。

 治療の基本は、特殊炎の場合特殊細菌自体が異物と認識された事に起因するものと考えられます ので、特殊細菌の撲滅…通常薬物による治療を行います。特殊炎以外の炎症についても薬物療法は 行いますし、消毒による細菌数の減少は有効です。しかし、何より大事なことは原因の除去、 つまり異物(異物性)の除去であると思います。


図1.初診時
図2.1ヶ月後
図3.6ヵ月後
本文

 「歯周疾患罹患相当部分の象牙質は変質している。」 これを仮説として提唱し、この仮説に基ずいて話を進めたいと思います。

 象牙質の変化に関しては、加齢,抜髄による変化の他、薬物(フッ素,テトラサイクリン等)に よる生理的変化もありますが、歯周疾患に伴う病的変化とは区別して考える必要があります。 私の提唱する「変質」は、象牙質中の有機質の腐敗と言ったニワァンスですが、「腐敗」という 言葉には、細菌の関与が連想されますので、あえて生体にとって異物と認識される病的な変化という 意味をこめて「変質」という言葉を使いたいと思います。

 かつて、歯石が歯槽膿漏の原因と言われた時代がありました。確かに歯石は、生体にとって非常に 異物性の高い物質です。目に入れば、目を潰す程の炎症を起こしますし、抜歯窩に迷入すれば強い 炎症と伴に治癒不全を起こします(一般的臨床事実)。プラークコントロールを徹底すれば、 歯肉の炎症が治まることはLοeらの報告により有名ですが、逆に、プラークコントロールが そのままでも、歯石の減少に伴って歯肉の炎症が治まりますし、完璧に除石ができれば炎症が 消失すると同時にプラークコントロールも改善されます(図1〜3)

【症例】
患者:48歳 男性 (国籍:中国)
初診:1992年2月4日
主訴:「45部の欠損補綴を希望
既往歴:特記事項なし

口腔内所見:全体に縁下歯石の沈着が著明で、歯冠部全体にプラークの付着があり清掃状態も不良。 歯肉からの出血・排膿・口臭が著明で残存する歯牙すべてに動揺が認められた。

処置:主訴である欠損部の処置を行うかたわら、来院毎にスケーリングを繰り返した。 言葉がほとんど通じないために、スケーリングの重要性を説明するのがやっとで、 ブラッシング指導は全く不可能な状況であった。

経過:カリエス治療優先ではあったが、治療進行にともない歯周疾患の臨床症状も改善された。 当初、来院のたび歯冠部全体に付着していたプラークも徐々に減少し、6ヵ月後には清掃状態も 比較的良好となった。


図4.初診時
図5.1年後
図6.5年後 「7二次カリエス…治療不能
 「歯石をいくら取っても歯周疾患は改善しない。」と 反論が返ってきそうです。嘗て多くの開業医が除石に力を入れたとも言われますが本当に事実で しょうか。本当に、完全に除去した上での発言でしょうか。除石のプロが行っても取り残しが多い ことは、多くの文献に指摘されています。取った積もりだけれども、 ほとんど取れていないのでなかなか改善しない。これが実体だったように思います。

手術をすれば、除石は完璧です。ところが、丁寧にルートプレーニングを行えば行うほど予後不良 のケースに多く遭遇します。この事実が、話を一層複雑にしているようです。仮説によると、 歯周疾患の原因は生体にとって異物と認識される歯石と、変質した象牙質です。過度のルート プレーニングによる象牙細管の開口は、象牙質の変質を助長します。

 「歯周疾患は、厄介な病気ではあるが、歯のない人には歯周疾患がない。 歯を抜けば歯周疾患は治る。」学生時代に聞いた話で、当たり前の冗談と笑ったものです。 言葉を変えると、歯石を取っても、壊死セメント質を取っても治らない歯周疾患も、象牙質を 取れば治るとも解釈できます。

「歯周疾患罹患歯は、移植しても生着しない。」これも当然のことと 何の抵抗もなく受け入れることができました。健全歯の移植がことごとく成功するにつれて、 ひょっとすると罹患歯でも…と欲がでてきた頃です。アパタイトが発売された頃で、アパタイトに 対する実績と期待が混在する中、突然格好の症例に遭遇し、初めての試みができました。 「抜歯窩に取り残された象牙質は、核となり骨を再生する。 これを参考に、壊死セメント質を完全に除去し、免疫処理剤にて 加工した後再植しました。しかし、健全歯の移植のような骨再生は見られませんでした。移植歯は、 7年間骨と1度も癒着することなく、さりとて、炎症を起こすこともなく、患者に十分な満足を 与えた後ブリッジの脱落と伴に役目を終えました。これは、象牙質の異物性を暗示すると同時に、 免疫処理剤の効果を見直すきっかけとなりました(図4〜6)

【症例】
患者:46歳(治療時) 男性 
初診:1981年4月9日
主訴:「5部の動揺が気になる
既往歴:特記事項なし

口腔内所見:全体に歯周疾患による歯槽骨の破壊が認められるが、特に「5は周囲の骨との 結合が全く認められない。

処置:来院時、「D6FBrの「7はすでに脱離状態で、容易にブリッジを除去することが できた。その際、「5支台歯は補綴物に装着された状態であったので、壊死セメント質を完全に 除去し、免疫処理剤にて加工した後再植(「7は再装着)の上、「4と連結固定。

経過:術後の経過は良好で、不快な臨床症状もなく5年を経過。 4年を経過した頃より、重篤な全身疾患のため来院も途絶え、入院先からの来院が可能になった 時には、「7二次カリエスに伴う歯肉炎症を主訴に再来。
全身疾患との絡みもあり根本的な治療は不可能であったが、口腔内の清掃を続けることにより、 更に2年間機能することができた。


図7.「67部術直後 1988年6月27日
   「6は術後1ヵ月に除去
   46歳 男性
図8.術後3年 1991年6月17日

  骨欠損を伴う強い炎症のため、
  「7も除去

 インプラントの歴史は、生体との親和性追求の歴史でした。親和性のない素材は、炎症性の 骨破壊を招き失敗に終わりました。従って、歯周疾患罹患歯の象牙質もまた 親和性のない素材の一つと考えられます。余談ですが、現在のインプラントの限界は、 親和性の不足によるものと思われます。骨補填材もまた親和性追求の産物と考えられます。 親和性さえよければ、生体と共存できる。800症例に及ぶ骨補填材の症例が教えてくれました。

しかしここにも問題点がありました。アパタイト顆粒の排出と、ブロック状アパタイトの激しい 炎症と骨破壊です(図7,8)。答えは、“死腔”でした。言葉は知っていても、 歯科医の頭にほとんど去来しない存在ではないでしょうか。死腔は、生体内にあっては汚物の 貯留場となり、新たな感染源となることは医学的には常識です。アパタイトの多孔質部分が 死腔となり、アパタイト自体が生体にとって異物と認識される。その結果顆粒は排出され、 ブロックは炎症を起こす。

 髄床底穿孔や、歯根破折も死腔による骨破壊です。もっとも身近な例が根尖病巣ではないで しょうか。「バイ菌が入って化膿した」と患者には説明しますが、いかにも素人的です。 歯冠部がクラウンやセメント等により完全に封鎖されている症例では患者でさえ納得できません。 根管内の汚物がアレルギー反応を起こし、根尖部に炎症が生じ骨破壊に至る と考えるべきだと思います。治療の基本は、汚物の除去と死腔の閉鎖です (歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響\,歯槽骨の破壊)

 歯牙の異物化というと、セメント質内のエンドトキシンがよく問題にされます。 エンドトキシンの存在はごく表層に限られ、臨床上問題ないのではないかとも言われています。 実際、歯根端切除に際してエンドトキシンにより汚染された根端部の除去を社会保険では強要して います。しかし、根尖の閉鎖が確実で、根尖漏洩物の除去が完全であればセメント質中の エンドトキシンは問題にならないのが臨床上確認されています。

 歯周疾患の場合、起炎物質がエンドトキシンだけであれば、汚染セメント質の除去は必要あり ません。他の起炎物質が象牙質にも存在する可能性はないのでしょうか。 石川烈先生や一部の研究者がこの可能性を指摘されています。私にとって、起炎物質は勿論 象牙質の変質です。


話を“知覚過敏”に変えます。

 医学的に知覚過敏といえば、炎症部位周辺の知覚閾値の上昇を意味します。歯科領域でも、 カリエス末期,形成後,レジン充填後の知覚過敏は、歯髄の炎症によると考えられています。 ところが、歯周疾患に伴う象牙質知覚過敏症だけが原因不明とされています。動水力学説なる 独特の説が多くの指示を集めていますが、私には信じられません。

象牙質知覚過敏症の歯髄に炎症が存在するか否かは、双方の説があり 何れとも確定していません。この事実を臨床的に確認すべく消炎鎮痛剤の投与を試みました (歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響V,知覚過敏)。 その結果、消炎鎮痛剤の効果が認められ、 象牙質知覚過敏症もまた歯髄の炎症に起因することが確認されました。 この事実に仮説をあてはめると、他の知覚過敏同様のメカニズムで解釈することができます。

レーザーの知覚過敏に対する作用も同様です。レーザーによる熱作用により 変質した有機質を凝固,固定した結果と理解すべきだと考えるのが一番自然だと思います。 こう考えると、フッ化ジアミン銀やFCが知覚過に有効な理由が共有できます (歯周疾患を伴う象牙質知覚過敏症に対するNd:YAGレーザーの 治療効果)

医学の世界では、レーザーの効果は熱作用だけです。 僅かな%(1%以下)では、生体賦活作用や、殺菌作用も考えられないわけではありませんが、 歯科の領域では同じ重みでこれらを論じているように思われます。これには危険な試みが伴います。 例えば、生体賦活や殺菌の目的で歯髄や骨にレーザーを照射しています。生きた組織を熱により 死滅させるだけの危険な行為でにまりかねません。


 知覚過敏をもっと素直に考えてはどうでしょうか。つまり…

知覚過敏がある。→その深部(歯髄)に炎症がある。→炎症の周囲に異物が存在するはずだ。

カリエスの場合、軟化象牙質(変質した象牙質)

レジン充填の場合、モノマーによる直接、或いは間接的作用(変質した象牙質)

窩洞形成の場合、形成時の熱による直接、或いは間接的作用(変質した象牙質)

歯周疾患の場合、変質した象牙質

 同様に口腔内の炎症の場合

智歯周囲炎…腐敗した食物残渣,歯石

不良補綴物…腐敗した食物残渣,歯石,セメント

根尖病巣…腐敗した根管内汚物

歯周疾患…歯石,変質したセメント質,変質した象牙質


 自画自賛的な話で申し訳ありませんが…

病院レベルの抜髄、或いは根管治療後の成績が70数%であると言われています。 直抜即根充・失即充を基本とする乱暴な河田歯科医院の治療成績は90%です。 その原因は生体の本質を知った上での治療を心がけているせいだと分析しています。

   歯周外科処置後の治療成績も大学レベルで70数%と聞いております。衛生士こそ5人も揃えて 歯周疾患治療には情熱を持って当たっている河田歯科医院ですが、プラークコントロールは苦手です。 しかも、一般に抜歯の対象となる歯ばかり好んで手術をしているのに…患者を説得し易く、 感謝され易いという理由もありますが…治療成績は92%でした。こんな話は、基金でも信じて もらえませんでした。

 考察の結果、これにはれっきとした理由がありました。岩手大学の上野教授も指摘されている ように、抜髄・連結固定これが秘訣だったようです。学会でも発表した通り、 河田歯科医院の有髄歯の予後は47%でした。おおざっぱな性格とずさんな管理では当然と深く 反省しています。ところが、大半を占める無髄歯となると成功率98%です…おおざっぱな性格と ずさんな管理にも係わらず (歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響T,−有髄歯と無髄歯−)

 河田歯科医院の長所として、カルテ,レントゲンの管理方法があります。開業以来15年、 再来の患者が来る度に過去の全てのデーターを確認しています。その結果、歯周疾患に対する 無髄歯の優位性が確認されました (歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響T,臨床編)


 象牙質は加齢と伴に石灰化を更新することが知られています。抜髄後の象牙質もまた石灰化が 更新しているものと思われます (歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響W,象牙質の加齢変化と化石の成因)。 歯周疾患の本質が象牙質中の有機質の変質だとすれば、 無髄歯より有髄歯、老齢者より若年者の進行が速いことが頷けます。歯周疾患治療にそれほど 熱心でない開業医レベルの治療でもカリエス治療経験の多い人程 (無髄歯が多い)歯周疾患に罹患し難い。 歯の黄色い人程(石灰化更新が高度)歯周疾患に罹患し難い。 班状歯,テトラサイクリン歯も罹患し難いかもしれません。若年性歯周疾患の1番,6番に 好発するのは、他の歯に比べ永く口腔内に存在するからだと思います。

 歯周疾患に対する治療方針としては…

予防的に、根充材,合着セメント,歯磨剤,イオン導入等による石灰化促進。

治療法として、変質有機質の凝固,固定を目的とした薬剤、レーザー処理。汚染根面の コーティング材。アレルギー反応抑制剤の使用。 等が考えられます。

 

 その一つの試みとしてNd:YAGレーザーによる根面処理を行った結果、歯槽骨の再生に成功しました (歯周疾患進行・治癒に及ぼす歯質の影響],歯槽骨の再生)

                                1995年7月26日


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